第40話 オピウム
荷物として運ばれてきた子どもたちが入っていった扉を解錠したケルビンたちは、音を立てないよう扉の中に忍び込んだ。
「何だか汚物と生ゴミの混ざったような嫌な臭いだが、下水とはまた違う臭いだな」
「ケルビン、少し甘い匂いも混ざってない?」
「確かに甘い匂いがする。この匂いは、……。
思い出した、これはオピウムの匂いだ」
「オピウムって?」
「手足を何かの理由でひどく傷めて切り落とさなければならなくなったときに、オピウムを火の上であぶってその煙を胸いっぱいに何度も吸わせるんだ。そうしたら、意識がほとんどなくなって手足を切り落とされても、痛みを感じなくなるらしい」
「こんなところで、なんでそんな匂いがするんだろ? ここで体を切り取っているのかな?」
「切り取っただけで放っておけばそのうち死んでしまうわけだから、いくら何でもそんなことはしないだろう」
「じゃあ、何でかな?」
「これから確かめれば分かるだろう」
二人が忍び込んだ扉の先は下り階段の踊り場で、そこから十段ほど階段を下った先に通路が続いていた。
階段を下りた先には扉があったが、その扉には鍵などかかっていなかった。
ケルビンが扉をわずかに開けただけで、ますます臭いがきつくなった。
扉の先には、明かりもなければ明り取りの窓も付いていなかったが、扉からの僅かな光で中の様子を見ることはできた。
我慢して中に入り中をよく見ると、そこは横五ヤード、奥行き一五ヤードほどの細長い部屋で、部屋の何個所かに小さな台が置いてあり、その台の上に置かれた壺からわずかに煙が立ち上っていた。
両側の壁際には人一人がやっと立って入れるほどの鉄製の檻が二列に一五台ずつ並べて置かれ、その中に全裸の子どもたちが立たされていた。
空の檻は四つほど。そして、片側の壁に扉が一つ。
子どもたちの手足は革製のベルトで檻の中に立っている丸太に縛りつけられて身動きはできないようになっていた。
檻の中で縛りつけられた子どもたちをよく見ると、ひとりの例外もなく眠っているわけではなく、半目を開いて、口からはよだれを垂らしている。
異臭は、檻の周辺の床からのもので、床にこびりついた汚物からのものだった。
「ひどいな。
体を動けないようにしているから、糞尿も垂れ流しだ。
このままだと自分じゃ食事もできないから、放っておけば餓死する。餓死させるならそもそもここに連れてきてはいないはずだ。
ということは、その逆に食べ物や飲み物を無理やり与えて太らせるつもりかもしれない。
オビウムを焚いているのは、何も考えられなくして、おとなしくさせるためだな」
「……」
「ビージー、どうした?」
「わたし逃げだしたあと、もし捕まっていたらこうなっていたんだ」
ビージーはそう言って、うつろに半分だけ目を開いた子どもたちの顔を一人ひとり見て回った。
「わたしと一緒に運ばれていた子が一人もいない。みんなどこへ行っちゃったの?」
ビージーの声は震えていた。
「ビージー、落ち着け。とにかくお前は逃げ出せたんだ。今はそのことだけを考えろ。
そろそろ引き上げるぞ。ビージー!」
「う、うん。すぐ帰ろう。でも奥の扉の先は確かめなくっていいの?」
「もういいだろう」
ケルビンはビージーを促し来た道を引き返した。
建物から忍び出たところで、ケルビンはビージーに向かって、
『ビージー、先に塀によじ登って向こう側に飛び降りろ』
『うん』
扉に鍵をかけ終えたカルビンはビージーの後を追って塀を乗り越えて通りに飛び降りた。
通りから下水に下りて、
「ビージー、ローズの店にキノコを卸しにいくからちゃんとついてこい。道を覚えるようにな」
「うん」
ケルビンが駆けだした後をビージーが追った。
「ケルビンにビージー、待ってたよ」
「済まなかったな。ハンコックの騒動で帝都が落ち着くまでおとなしくしてたんだ」
「わたしもおとなしくしてたから、そこはお互いさまだ。
それで今日は何を持ってきてくれたんだい?」
「ローゼットに忍び込んで、緑キノコを採ってきた」
「やっぱりローゼットがハンコックの緑キノコをね。
いつもの通り天秤の上に空けておくれ」
ケルビンは言われた通り天秤の皿の上に緑キノコの入った布袋を空けた。
ローズが素早く重さを計り、代金の金貨を数えながら小袋に入れてケルビンに渡した。
「次回は赤キノコを頼むよ」
「了解。
ちょっとローズに聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なんだい?」
「ローゼットは丸薬以外の薬を作っているだろ?」
「審問官用の黒い丸薬は別だけど、そこらの薬屋に薬を卸してるのは知ってる」
「その薬だけど、材料は何だか知っているかい」
「ある程度の見当は付くけど」
「秘密じゃなければ教えてくれないか?」
「一度ローゼットが売っている薬を調べたことがあるんだよ。その薬の効能はヤギの肝臓を使ってつくった薬と同じなんだが、ローゼットの薬はそれと比べて、とんでもなく効きがいいんだ。あれの材料はおそらく人間の肝臓が材料だと思う。
他に調べた薬には脳みそを使ったらしい薬もあった。それが人の脳みそだったかどうかははっきりしないけれど、おそらく人の脳みそだったんだろうね。
あと薬の材料として考えられるのは、胆のう、そして骨髄が考えられる」
「そうか。ありがとう」
「ケルビン、何かあったのかい?」
「いや、ローゼット家に忍び込もうとしていたら、荷馬車で子どもが二〇人ほど運ばれてきて屋敷の中に入っていったんだ。
俺たちは先にキノコをいただいて、その後子どもたちが入っていった屋敷の中に忍び込んだんだ。
そこには、その子どもたりが一人ずつ立つのが精いっぱいの狭い檻の中に入れられて立ったまま括りつけられていた。しかもその部屋の中ではオピウムが焚かれていた」
「オピウムか。なるほど。
おそらく、そこにいた子どもたちはオピウムで半分眠ったまま太らされて、最終的には生きたまま解体されて薬の材料にされるんだろうよ」
「……」
「ビージー、一度も声も出していないけど、どうしたんだい?」
「ローズ、ビージーは子どもたちの姿を見てショックを受けているんだ」
「世の中、そういった悪鬼のような連中もいるってことだ」
「皇帝はそのこと知っていると思うか?」
「もちろん知っているだろう。千年皇帝はだてじゃない」
「だろうな。
皇帝って何のためにいるんだろうな? 何のために生き続けているんだろうな?」
「皇帝が生き続けている理由何ぞ誰にも分からない。何か特別な理由があるのかもしれないし、ただ死なないから生きているだけかも知れない。
審問官たちは帝都民たちから恐れられているけど、皇帝が直接わたしたちに何をするわけでもないしね。
わたしたちは皇帝がいるってことだけ知っていればいいだけさ」
ビージーはローズの店の中では終始無言だった。
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