第17話 ブレナム家1


 最初の仕事から三日ほど経った。

 その日の訓練を終えたビージーはケルビンと夕食をとっている。


「ビージー、今夜は赤茸あかたけを取りに行く」

「うん。赤茸もこの前みたいな地下の倉庫みたいなところにあるの?」

「いや、今度の赤茸は、普通に地面に建ってる倉庫の形をした栽培場で栽培されている。

 今夜いく場所は、五公家こうけの一つ、ブレナム家だ。

 前回よりだいぶ遠くなるから出発前に前回飲んだフラバとブルアの丸薬の他、ベルダの丸薬を飲んでいく。やることは一緒だ」


「ベルダって、体力だったよね?」

「そうだ。ベルダを飲んだからといって、すぐに効果は分からないがな」



 二人が食事を終えた頃にはすっかり外は暗くなっていた。

 片付けを終えたケルビンとビージーは影の御子の装束に身を包み、前回と同じ黄色い丸薬フラバと青い丸薬ブルア、それに緑の丸薬ベルダを飲み込んだ。


「ブレナム家まではかなり距離がある。

 下水道に下りたら到着まで走るからそのつもりでついてこい」

「分かった」



 地下室から下水道に出たケルビンはそこから駆け足で下水の側道を走り始めた。

 すぐにビージーもケルビンの後を追う。

 右に折れ、左に折れ、ときに下水を飛び越えて二人は駆けていった。


 一時間ほどそうやって真っ暗な下水道の側道を進んだところで、ケルビンが立ち止まった。

 今まで休まず駆けてきた二人だったが二人の息は少しも乱れていなかった。


 ケルビンが立ち止まった側道の壁には天井に向かって梯子が伸びていて天井に開いた丸い竪穴に続いていた。


「この梯子を登るとマンホールがある。マンホールを抜ければブレナム家の屋敷の裏手の通りに出る」


 ケルビンは梯子を上ってマンホールの蓋を押し開いて通りに出た。

 ビージーも梯子を登りマンホールから顔を出し、道に手をかけたところで、ケルビンがその手を取って引き上げてくれた。

 霧雨は止んでいて、今は灰がゆっくりと降っていた。


「そこにそびえているのがブレナム家の館だ」

 ビージーはブレナム家の館を見上げた。

 黒いシルエットが曇った夜空に浮かんでいる。

 巨大な館の無数の窓から明かりが漏れており、館の屋根から尖塔が何本も夜空に向かって突き出ていた。


「大きいね」

「ああ、そうだな。ブレナム家は力のルーガを作っているほか、土木、鉱業、冶金がらみを牛耳っている。相当儲けてるんだろう」

「鉱業というと、石炭もそうなの?」

「いや、石炭だけは皇帝直轄だったはずだ」


 ブレナム家の敷地は、高さ四ヤードほどの塀に囲まれており、塀の上には矢じりのような形の鉄製のスパイクがズラリと並んでいた。

「あのトゲトゲを乗り越えるの?」

「いったん上って手前に足をかけて跳び越えれば、簡単に向こうに跳び下りることができる。

 下りた先は裏庭だ。跳び下りるとき、よく下を見て足をくじかないようにな」


 ケルビンはマントの内側から紐付きの鈎爪を取り出し塀の上のスパイクに向けて投げ上げた。

 鈎爪はうまくスパイクに引っ掛かり、ケルビンは鈎爪から伸びた紐を伝ってスパイクに手をかけた。

 その後ビージーも紐に手をかけて塀をよじ登りスパイクに手をかけた。


 塀の上から塀の内側を覗くと歩哨のような者は巡回しておらず、裏庭はどこも石で舗装されていた。


 ケルビンはスパイクにかかった鈎爪を外して紐を手繰り寄せマントの中にしまった。

「ビージー、俺が先にスパイクを乗り越えて下に飛び降りるから、よく見て俺の真似をして下に飛び降りろ」

「うん」


 先にケルビンがスパイクとスパイクの間に足をかけて一気に向こう側に飛び下りた。

 ビージーもスパイクを掴んだ両手に力を入れて体を引き上げ、スパイクとスパイクの間に片足をかけ、スパイクを乗り越えて塀の向こう側に飛び下りバランスを崩すこともなく両足を下にして着地できた。


「やってみたら、それほど難しくはなかったろ?」と、ケルビン。

「うん。でもちょっとだけドキドキした」

「一度経験すればそんなことはなくなるから安心しろ」

「うん」


「あそこに見える倉庫のような建物が赤茸あかたけの栽培場だ」

「大きいね」

「ルーガの丸薬は需要があるからな。

 ブレナム家ではルーガの適性がある人間を集めて鉱山とかで働かせているんだ」

「ルーガって力が出る丸薬だったから、そういった力のいる仕事に使ってるんだ」

「そういうことだ」


「あれ? 館の方から音楽が聞こえる」

「五公家こうけはこのブレナム家に限らず傘下の貴族たちを集めて毎夜パーティーを開いている」

「それって、いくらくらいお金がかかるの?」

「俺にもわからないが、相当だろうな。

 まあ、それだけ儲けているってことだろう」


「貴族はどういう人がなるの?」

「貴族は生まれながらに貴族だ」

「ふーん。わたし達とどこが違うの?」

「荘園を持って、そこに住む者たちから産物や人手を荘園税と言って取り立てている。

 そのほか、各種の利権を握っている。その貴族の一派以外の者がその権利を使うためにはその貴族に金を払わなくてはならない。寝ていても金が勝手に集まってくる」


「お金持ちだから大きな屋敷に住んでるんだ」

「そういうことだ」

「わたしたちと違うところはそれくらいなの?」

「俺たちと言うか、平民との違いは、貴族たちは二種類の丸薬の適性を持つ者が多いと言われている。三種類の適性がある者がいると言われているが、それについて真偽は不明だ」


「貴族の中には、わたしたちのような影の御子はいないの?」

「可能性はあるが、今までお目にかかったことはない。

 俺がこうして無事でいるということはおそらく影の御子は貴族の中にはいない。

 いつか説明したと思うが、皇帝は『闇の御子』と呼ばれている。

 闇の御子にどういった能力があるのかは今のところ分からないが、俺たち同様全ての丸薬に適性があるということだけわかっている。

 名前から言って、俺たち以上に暗闇を味方にしているはずだ。

 それじゃあ、栽培場に忍び込むぞ」


「この前みたいに合鍵があるの?」

「いや、ここの鍵は特殊で合鍵が作れなかった。

 通気孔が庇の下に開いているんだが、格子戸で塞がれている。

 一箇所だけ格子戸を取り外すことができるところがある。

 こっちだ」


 ケルビンが巧みに建物の陰を伝っていきビージーはその後を追って二人は栽培場の前までやってきた。


「通気孔まで壁を上っていくが、さっきと同じだ」

 そうビージーに言ってケルビンは先ほどの紐付きの鈎爪を取り出し通気口の開いた壁に鈎爪をかけ、その紐を伝って壁をよじ登り始めた。

 ビージーもケルビンの後について紐を伝って壁をよじ登った。




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