第9話

【ダンジョン】が発見されたのは、【タウラスと牡牛】から、車で一時間ほどの場所にある山中だった。車が一台分しか通れないような狭い道路。脇から転がり落ちた石粒が、車体を大きく揺らす。


「ここから先は車が通れないので歩きでお願いします」


 運転手に案内された俺達は、その指示に従って車から降りた。そこから、三十分ほど歩いた場所に【ダンジョン】は出現していた。


「ここが、臥牛さんが見つけたっていう【ダンジョン】か」


【ダンジョン】が出現した場所は、俺が両腕を広げても抱えきれないほど大きな樹木の幹だった。

 樹木を中心で裂いたように開く入口は、暗く覗き込んでも中は見えない。緑が明るければ、おとぎ話にでも出てくるような、妖精界への入口にも見えるだろうが、この場所は緑が暗く、空気が淀んでいる。

 だからだろうか。

 大きく口の開いた樹木は、まるで『人食い木』みたいだ。


「じゃあ、行こうか……生形さん」


「うん!」


 ピンク色の人形を胸の前で抱きしめながら頷く。可愛らしい表情の豚の人形は今の俺達の気持ちとは大きくズレていた。人形の表情は一定だから、シンクロする場面の方が珍しいんだけど。


 俺は【ダンジョン】の中に入る。

 中はいくら巨大な樹木とは言えど、ここまで広くないことは明白だった。テニスコート二面分くらいのフロアが【ダンジョン】の内部には広がっていた。

 足元には赤、白、オレンジ、黄色。

 暖色に染まった花々が日の光がない中でも元気に揺れていた。


【ダンジョン】とは思えぬほど穏やかだ。


「……」「……」


 俺と生形さんは植物が発する癒しの香りに負けないように、集中力を保つ。


「……」「……」


 フロアにモンスターがいないことを確認した俺達は、アイコンタクトだけで、入口から離れた場所にある階段を目指す。臥牛さんは三か月と言っていた。それだけの期間があれば、最上層にモンスターが現れても、不思議ではない。

 俺達は互いに背中を合わせるように移動しながら、階段に辿り着いた。


「最上層にはモンスターいなかったみたいだね」


 生形さんが階段に到着すると小さく息を吐いた。

 俺もそれに習い気を緩める。


「うん。三か月モノだとすると、普通なら三層くらいだと思うけど……。どちらにせよ、次の階層にはモンスターはいるよね」


「うん。ここからが本番だね。頑張ろ!」


 グッとツインテールを揺らしてガッツポーズを取る。勢いをつけ過ぎたのか眼鏡がズレたらしい。「あわわ」と位置を治す生形さん。

 成績も優秀でありながら、こんな行為を取るのだから、密かに男子たちからは人気だった。ただ、沼沢が狙っていたこともあり、堂々と想いを告げる人間は誰もいなかった。


 生形さん本人も、恋愛にはかなり疎いみたいだけど……。

 ま、生形さんは皆に優しいからね。

 クラスの恋人ってことにしておこう。


「じゃ、行こうか!」


 俺とは違いモテていた生形さんに声をかける。

 小さく頷くとゆっくりと木の根で作られたような階段を降る。丸みを帯びた根は、表面が滑りやすく油断したら転びそうだった。

 現に、背後で「きゃあ」と生形さんが転んだ。


「大丈夫……?」


「うん。ちょっと滑っちゃった。怪我はないから安心して!」


 気を取り直して進もう!

 生形さんはそう言いながら、俺の前に飛び出した。また転ぶのではないかとヒヤリとしたが、無事、二層目に辿り着いた。

 二層目は基本的には上層と同じ景色。

 だが、大きく違っているのは、モンスターがいるということだった。


「やっぱり、二層目にはいるよね」


 狭いフロアに密集していたのは、怪しい模様の羽を持つ蛾や、エメラルドのように輝く甲殻を持つ金亀虫カナブン。見た目は普通の昆虫と変わらないが、サイズが何倍にもなっていた。俺の半分くらいのデカさ。


「まだ、相手は気付いてないみたいだね。気付かれる前に倒しちゃおう」


「……」


 俺の言葉に、生形さんが煮え切らぬ表情で固まっていた。


「どうしたの?」


「その……出来れば何だけど、舞兎くんの【蒟蒻石こんにゃくせき】の力を少しだけ、見せて貰ってもいいかな?」


「え……?」


「その……学園では使ってなかったんでしょ?」


「そうだけど……」


 そうか。

 俺はまだ、生形さんの前で二段階目の力――変化と硬質化を見せてはいなかった。どうやら生形さんは、その力をみたいらしい。

 学園では、俺の【蒟蒻石こんにゃくせき】の力は、身体を、表面が石のように固いこんにゃくに変化させるだけだと思われていたしな。


 同じギルドとして連携を取ることもあるだろう。そう考えれば見て貰った方がいいか。


「分かった。じゃあ、ちょっと使ってみようかな」


 俺は右腕に意識を集中する。身体の細胞をパズルのピース――というよりもブロックに見立てて組み替えていく。

 腕に砂が纏ったかと思うと、鋭い刃が手の甲から伸びていた。

 俺の腕を生形さんがノックするように指を曲げて「コンコン」と叩いた。

 

「なるほど……。【蒟蒻石こんにゃくせき】は、パズルみたいに小さな鉱石ピースが繋がって柔らかさを生み出してるんだ。それを立体に繋ぎ変えることで形状を変えると同時に硬さも増してるんだね」


 流石、優等生。

 一目見て少し触れただけで俺の【適能てきのう】は解析されていた。


「ありがと。じゃあ、モンスターを倒そうか!」


「そうだね!」


 俺達は顔を合わせて頷く。

 生形さんは人形を奥に向けて投げ入れる。空中で巨大化した人形はドスンと地面に落ちた。その音に反応した虫たちは警戒するように、人形に視線を奪われる。

 知能があれば、どこから飛んできたのか、すぐ分かるだろうに……。


「背後にいるんだけどな!」


 がら空きとなった背から俺は伸ばした刃で切り裂いていく。

 巨大な蛾は飛んでいることさえ注意すれば、隙だらけの身体を斬ることは簡単だ。問題は甲殻を持つ金亀虫カナブン


「けど、動きを止めてたら簡単か」


 俺は細い肢に狙いを定めて節に突き刺すように刃を動かす。乾燥パスタでも折れるように簡単に砕けた。

 瞬く間に昆虫の群れを切り裂いた俺に、自分の戦いの場がなかったことが不満なのか、生形さんが口を尖らした。


「……あれ? 私の記憶だと、舞兎くん、体術の成績も最下位だった筈だけど?」


「……まあね」


 それもまた、過去のトラウマにより上手く身体を動かせなかったのだ。

 過去の傷から解放されようと、必死に訓練したことが今になって生きてきた。

 今まで以上に身体が軽い。

 俺が過去のトラウマが原因で、力を無意識にセーブしていたことは生形さんにも説明していた。

 そんな俺を気を使って冗談めかしてくれる生形さん。


「これだけ強かったら、学園でも一番になれたんじゃないのかな?」


「まさか。生形さんがいるから無理だよ」


「はは。私なんて大したことないよ~。クラスの皆が本気出したら絶対勝てないし」


 生形さんはそう言って笑う。

 クラスと口にしたことで、少しだけ空気が重くなったと感じたのだろう。更に明るい声を付け足した。


「私が成績良かったのは、皆より努力してたから。同じくらい努力してたら絶対最下位だよ」


「そんなことないと思うけどな……」


 俺は曖昧に否定する。

 でも、生形さんは本気で言ってるんだろうな……自分が凄いのは努力しているからだと。皆、同じくらい努力すれば自分が最下位だと。


「努力する天才か」


 クラスメイトの誰かがそう言っていたのを思い出す。


「ふん?」


「ううん。なんでもないよ。恐らく次が最下層だから気を引き締めよう」


 俺は言いながら、螺旋階段をくだっていく。

 最下層が近付くにつれて空気が重くなった。

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