【完結】聖女の別れさせ屋~断罪されることなく”悪役令嬢”を穏便に婚約破棄させてみせましょう! ~落第聖女と廃嫡王子の秘密のお仕事~
西尾都
第1話 聖女様の秘密のお仕事
「侯爵令嬢エーデルハイド! 第二王子アレクサンダーの名において、ここにお前との婚約破棄を言い渡す!」
絢爛豪華なホールに響き渡った声に、銀の巻き髪の令嬢・エーデルハイドは茫然自失の体で立ち尽くした。
「それは……一体どういうことですか」
王子・アレクサンダーは隣にたたずむストロベリーブロンドの美女・リリアの肩を抱き寄せ、金髪碧眼の端正な顔に微笑みを浮かべて言葉を繋いだ。
「私は真実の愛を見つけたのだ。そう、愛しい聖女・リリアとの間に」
アレクサンダーを見上げ、リリアは、そっとその胸に頬を寄せた。
アレクサンダーは満足げに頷くと、エーデルハイドを睨み付けた。
「偽りの契りによる悪しき因習はここに終わりを告げる。今、この時より、王家は新しい道を進むのだ!」
どこからか湧き上がった拍手は、やがて大きな波となってホール内全体で響き渡った。
アレクサンダーとリリアは祝福の拍手の中で熱い抱擁を交わし、エーデルハイドはそっと寄り添った執事の青年に支えられ、ホールを後にした。その姿に注目する物は、誰一人としていなかった。 ホールの隅にいた、眼光鋭い眼鏡の青年を除いては。
「お待ちになって」
王都郊外に止まった一台のみすぼらしい幌馬車。
トランクを手に今まさに乗り込もうとしていた麦わら帽子の女性は、この場に不似合いな上品な声に足を止めて振り返った。
その声は、その場にまったく似つかわしくない美しい細工を随所に施された馬車からかけられた。
急停車した馬車の中から現れたのは、長いショールで顔を隠してはいるが、まさに三ヶ月前に第二王子・アレクサンダーに婚約破棄された令嬢・エーデルハイドだった。
その傍らには、あの惨劇のホールからエーデルハイドを連れ出した執事の姿もある。
「困りますねぇ」
先に馬車に乗り込んでいた眼鏡の青年が馬車を降り、麦わらの彼女を庇うように立ちはだかった。「お仕事が終わった後の接触は極力避けていただくよう、お願いした筈ですが?」
右手の中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、青年は顔をしかめた。
「いいじゃない。どうせここには私たちしかいないんだから」
麦わらの彼女が眼鏡の青年を押しのけ、顔を覗かせる。
眼鏡の青年は一瞬、彼女を睨んだが、やがて諦めたかのように肩をすくめて横に退いた。
「ごめんなさいね。重々承知しているのですけれども、最後に一言、どうしてもお礼を言いたくて」
ホールで見せていた居丈高な様子とは正反対の穏やかな様子で微笑むエーデルハイドに、眼鏡の青年は聞こえよがしにため息をついた。
「その様子だと、そちらはお咎めは特になかったようですね」
「ええ。悪いのは『心変わり』された殿下ですので。お嬢様には何一つ、非難されることはないのです」
エーデルハイドの背後に控えた執事の青年が、一礼して答えた。
「何一つ、ね」
嫌みな様子でつぶやく眼鏡の青年の足を思い切り踏みつけると、麦わらの彼女はにっこりと微笑んだ。
「良かった。心配していたんです」
本当に嬉しそうな彼女の笑顔を、エーデルハイドは眩しそうに見つめた。
この笑顔に、元婚約者は陥落した。
もちろん、自分が『しかけた』ことではあるが、確かにそれだけの魅力がある笑顔だ。
建前で塗り固められた貴族界では、ついぞお目にかかることができない「嘘偽りのない」微笑み。 それは男女の境を超えて、得がたい宝のように思えた。
「エーデルハイド様?」
怪訝そうに首を傾げる彼女に、エーデルハイドはにっこりと微笑んだ。
「無事に殿下との婚約を破棄できたのは、あなたがたのおかげです。本当にありがとう」
自分も、心からの笑みを浮かべられているだろうか。いや、浮かべられるようにしてもらえたのだ。改めて、心の中で礼を告げる。
「ご領地に戻られたと聞いていましたが、王都に出てこれらて大丈夫なんですか?」
「ええ。もう誰も第二王子に捨てられた元婚約者のことなど気にしてもいませんもの。今の王都は『追放される聖女』の噂で持ちきりですわ」
三ヶ月前。王都は第二王子と聖女の婚約話で沸いていた。
平民だが「聖女」である『リリア』と王子の婚約という「おとぎ話」のような物語は、主に女性の間で持ちきりとなり、新しい王国の未来に王都の民は希望をはせていた。
しかし、平民出の女はやはり一国の王妃の器では無く、王妃教育の最中に心を病んでいった。
そして、全く王妃としてふさわしく成長しないリリアに愛想を尽かしていた王妃により『聖女リリア』はついに王宮を追放された。
夢物語はやはり夢であった、と王都の民は落胆しつつも、新たに王妃候補となった王子の従姉妹姫に今は希望を見いだしている。
「聖女なんて言っても、魔王もいないこの世の中では、単なる箔付けのための置物にすぎませんからねぇ」
『聖女リリア』と名乗っていた彼女は、カラカラと笑う。
聖女。
神の力を宿した者。
それは背中に翼の刻印を持って生まれ、世界で唯一魔王に対抗する力を持っていると言われる。
しかし、その力は魔王にのみ有効であり、魔王のいないこの世の中ではその存在はただの「安全装置」に過ぎなかった。
前に魔王が現れ、聖女が勇者と共にそれを倒したのは、もう二百年も前の話だ。
「それでも聖女をありがたがってくれるので、こちらとしては都合が良いわけですが」
明るく笑う彼女の麦わら帽子が、ふいに吹いた風に飛ばされる。
麦わら帽子の下には、つややかな黒い長髪が隠されていた。
眼鏡の青年は飛んできた麦わら帽子を掴むと、彼女の頭にかぶせた。
「あのストロベリーブロンドの髪もかわいらしかったけど、あなたにはやはりその美しい黒髪がお似合いね。なぜカツラなど被っていたの?」
ほうっ、とため息をつくエーデルハイドに眼鏡の青年は肩をすくめた。
「皆さん、お好きでしょ。聖女の髪は夢かわいいストロベリーブロンドが。それにこの黒髪は目立つのでね」
そういう眼鏡の青年の髪は、渋い金古美色だ。
エーデルハイドと執事の青年は銀髪。
この世界では淡い髪色が多く。彼女のようなくっきりとした黒髪の数は少ない。
「これから、どこへ行かれますの? もし行く場所が決まっていなければ、私の元へいらっしゃいませんか?」
「あいにく、一所にいられる立場でもありませんので」
「……王国を出られ、帝国に行かれるのですか」
執事の青年がぼそっと訪ねる。
眼鏡の青年は軽く彼を睨んだ。
「答える義務はありませんが、面白いことを聞かれますね」
国境の外れにいるのだ。誰が見ても隣国である帝国に行くのは明らかだろう。
「いえ……。私は帝国の出なもので。つい。いらぬ詮索でした」
「全くです」
そう言うと眼鏡の青年は彼女の背中を馬車へ押し込んだ。
「その理由を説明する必要も無いでしょう? それではご機嫌よう。今後、二度と、どこでもお会いしないこと心から祈っております。お互いのためにも、ね」
そう言うと眼鏡の青年も馬車に乗り込んだ。
それを待っていたように馬車が走り出す。
エーデルハイドの背後で、執事が大きく舌打ちをした。
「なんて失礼な態度だ」
「そんなことを言うものではないわ。あなたとわたくしに未来をくれた人たちなのですから」
「それは……そうですが……」
にっこりと微笑むエーデルハイドに、執事は頬を染めてばつの悪い顔をした。
去って行く馬車に向けて、エーデルハイドはこれ以上無い美しいカーテシーを行った。
その姿を、執事の青年は微妙な表情で見つめていた。
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