Case14「目覚め」
「————————————……ん。…………………んあっ!?」
「あら、目が覚めたかしら?」
すっかり暗くなった部屋の中、アーサーは宿の一室で目を覚ました。しかしこの様子だとさぞ驚いたことだろう。なにせ自慢の鎧は全て脱がされ、全身のあちらこちらが氷で覆われていたのだから。氷の冷たさは感じないはずなのに、顔色を青くしながら彼はこう言う。
「————い、命だけはお助けを!」
「——うん。概ね予想通りの反応をありがと。心配なさんな。これは氷結治療。攻撃するためじゃなくって癒すための魔法だから」
基本治療魔法は対象に触れていなければ発動できない。人体の治す行為はそれなりに繊細な魔力制御を必要とするからだ。しかし私の昔習得した『氷結治療』は通常の魔法同様範囲は視界全てで、しかも氷はある程度の耐久力があるため外的な衝撃にも強い。少しずつ治っていくため即効性はなく時間がかかる上に毒や呪いなどの物理的な傷以外のものに対しては無力なのが難点ではあるが、遠くの対象を守りながら治療できる非常に便利な魔法だ。これを考え付いた時、私は自分で天才かよ! とうきうきしていたことのことを思い出す。
とはいえ安心できないのは彼の立場ならば当然だろう。なにせ勝敗なんて曖昧に終わったどころか先に意識が落ちたのはおそらく自分だと思っている。ならこの先に待つのは負けた時どうしてもよいという約束。
「——言っておくけれど。意識が落ちるの、ほぼ同時だったわよ」
「…………?」
「む、何か不可解なものを見るような目ね。顔に変なものでもついてるかしら?」
「い、いや。なんか雰囲気が変わった……というか柔らかくなったような——」
「あら、失礼ね。
「————————善……?」
「何か文句が?」
左腕を振り下ろすポーズ。これをすればアーサーはそれ以上何も言えなくなる。とりあえず彼を黙らせたい時はこうしていたのだが——
「あー、いや別にないさ。しかし酷い傷だな。鎧まで破壊して……。修理にどれだけの時間かかるかわからないぞ……」
「——
これを見れば震えあがって何もできなくなるようなアーサーが何の詰まりもなく悠々としている。(そのトラウマを植え付けてしまったのは自分とはいえ)正直今までのアーサーでは信じられない余裕っぷりだ。
「ん、あぁ。多分な、さっきのを見てしまったからだろうな」
「——さっきの……」
恥ずかしそうに頬を搔きながら彼はそう言う。さっきのとは何のことだろうか、と数秒考えてあぁ、と思わずバツが悪くなり目を逸らした。
——考えなくてもわかることでしょうに、
「アレを見てしまった後なら大抵のことではこ、怖くはないさ」
「た、確かに……? そ、そんなことよりアーサー!
「……?」
「アレ、逆さに落ちてきてたら脳天串刺しだったのよ!? 本気で殺す気!?」
「——あぁ、本気で殺す気でやった」
呆気に取られた。いや殺す気でやれと言ったのは自分だったが、それにしたって温厚な彼が人を殺す気で戦っていたと公言すること自体が想定外である。
「柄から落ちてきたのはただの偶然だ。本当にすまないと思っている」
「え、あぁ……。それに関しては
何故? なんて曖昧にもほどがある。質問であるならもう少し主語をはっきりと——
「君を人殺しにしたくなかったからさ」
「————」
間髪置かずにそう言ってのけた。更にバツが悪くなり両膝を手で抱え、顔を隠すように丸まる。
「——アンタ、恥ずかしくないの? んなこと言って」
「……? 何を恥じる必要があるんだ」
——こりゃあ一本取られたわね……。
「はあ……。いいわ、
「いやそれは絶対にないから安心してくれ。第一、僕は君を尊敬はしているがそも女性として見ることができない」
「…………それはそれでなーんか腹立つけれど、まあいいわ。話の腰を折ったのは
「——話がしたい」
一体どれだけの意味を込めてその言葉を口にしたのだろうか。ただ話がしたい、というだけでないのは流石の自分でもわかっている。だが意図がわからない。そもそも彼はどういうことを話すのだろうか。全く想像がつかない。
「————————いいわ、話をしましょう。場所を変えて。なんかエモいこと言っても恥ずかしくなさそうな場所に行きましょ」
「えも……?」
アーサーに施している治療を解除する。そうでなければ全身氷漬けのままで動けないからだが、当然傷は治りきっていないので痛いことは痛いらしく一瞬顔を歪めた。沢山穴を開けてしまったのだからすぐ治るわけもない。動くのに支障が出ない患部だけもう一度氷結治療を施すと立つように促す。五年前から痛みには慣れているはずなので多少痛い程度なら戦闘はともかく、移動するだけであるならば大丈夫なはずだ。
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