Case06「情報集めは足で」

「まったく、君という人は! 急に出ていくなんて失礼じゃないか」

「——貴方アナタはあそこに居て何か気付かなかったの?」


 屋敷を出て街中で二人、昼時に歩いている。そんな意味深なことを言われても特に何も感じなかったが、何かおかしなことでもあったのだろうか。


「——この眼のせいなのかしら。なんとなくだけれど、人の悪意に敏感になっちゃってね」


 そう言って見せてきたのは右目。眼帯の奥からちらりと覗き見えるのは。いいや、彼女の場合はその眼そのものが凍っている。この瞳の維持にかなりの魔力を持っていかれているとは聞いたことがあるが、そういえば詳しい効果については聞いたことが無かった。


 しかし悪意とは一体どういうことだ。あの場に悪意を持っていた人物がいたとでも言うのか?


「そうとは限らないわ。例えば製作者が悪意を持って作った物にでも反応しちゃうから、あの場にいた人がどうとかはないの。どこからその悪意が発しているかなんてのもわからないからポンコツったらありゃしないわよ、この魔眼」


 それだけ言うと眼帯で再び魔眼と呼ばれたそれを覆い隠す。読んで字の如く、魔力を帯びた瞳のことを魔眼と呼ぶ。効果はそれぞれらしいが何らかの異能を発揮する、とは聞いたことがある。聞いたことがある、というのは魔眼持ちなんてそうは居ないらしく、自分自身も彼女しか出会ったことはない。


 曰く、「魔法なんて便利な技術があるのにわざわざ瞳に魔力を宿らせる意味がわからない。燃費は(自分のものを除けば基本的に)悪くないのだけれどそれをするくらいなら普通に魔法を使った方が何倍も効率が良い」とのこと。


 ではそんなものを何故彼女が持っているのかといえば、答えは「わからない」だそうだ。自分が意図して宿したものではないし、今のように効果の制御も出来ていない。おまけに燃費も劣悪。昔はぶいぶい言わせていたようだが、今では大技一発で立てなくなるほどに魔力を魔眼の維持に持っていかれているようだ。契約解除も出来ないなんて悪辣にもほどがある。


「と少し話が逸れたわね。悪意の件はもしかしたら今回のことに関係ないかもしれないから無視してちょうだい」

「君がそう言うなら……。しかしそうは言っても急に出ていくのは失礼だ。そこは改めてくれ」

「——うっさいわね。こんなとこに長居するわけにもいかないからさっさとこの事件、解決してしまいたいのよ」


 ……やはり変だ。長居するわけにはいかないというのならそもそもこんな依頼受けなければいいのである。別に義務ではないし、魔法協会でも解決できるような問題のはずだ。しかも今回だけではない。彼女は自分が知っている限り世界各地で、おそらく旅の途中途中で依頼を受けている。どんな些細なことでも頼まれれば必ずイエスと答え、キッチリ解決しているのだ。


「何故君は——」

「ん?」

「————いや、なんでもない。それでこの後どうするんだ。君ともあろう者がまさかあの場が気持ち悪かったから早く出たくて今は無策です、なんてことはないんだろう?」


 マリンは鼻を鳴らす。愚問、とでも言いたげな自信の態度でこう、その豊満な胸を張って言った。


「まずは情報集めよ。このリストに書いてある人物に話を聞きに行くわ」


 ……案外地味だな。もう少しぼわーーっと凄いアイデアでもあるものかと思っていたが。


「当たり前。捜査の基本は情報集め。情報集めは自分の足で。ワタシは自分の見たものしか信じないし、自分の力しか信じない。そこに油断も隙も甘えもない」

「————」

「ってことで最初の聞き取り行くわよ」


 あぁそれと、と付け加えるように指を口の前に持っていき、いたずらっぽく、


「こうしている間に蒔いた種は花を咲かすでしょうし、ね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る