第43話 苦悩のC/アイビリーヴ

 大雅が凍結した日から2日後


 「芹沢さん、これが先日の殺された女性の鑑識結果です」

 「ありがとう。ごめんなさいね、鑑識結果をいち早くこちらに伝えてもらうようにしちゃって」

 「いいですよ。ドレード被害は芹沢さんに伝えるのがいいですからね」

 「ありがとう。じゃあ、私は行くわ」

 「はい、お仕事頑張ってください」


 そうして、軽いやり取りを終えた芹沢は、自身の持ち場へと戻っていった。


 彼女の戻った持ち場には、先日に退院したばかりの神田もいた。彼女は、あと一週間ほど療養機関として設けるつもりだったが、グレイの出現によってそうも言ってられなくなってしまった。


 そんな休みなしの神田は、戻ってきた芹沢に鑑識の結果を聞く。


 「鑑識の結果どうでした?」

 「心臓が完璧に凍結しているわ。死因は脳に酸素が行かなくなったことね」

 「やはり人間には到底不可能な芸当ですね」

 「そうね。これが『マラーク』―――使徒の力とでもいうのかしらね」


 先日、グレイに殺された女性は心臓を完全に凍結されて死んでいた。それ以外の内臓などの各器官は一切傷つかずに。

 本当に死体はきれいな状態だった。


 そして、芹沢たちを不安にしている原因はもう一つある。


 それは、凍結された大雅―――龍の未確認についてだ。


 「あの龍人ですら勝てなった相手。神田君は勝てるのかしら……」

 「芹沢さん、大丈夫ですよ。僕は市民を避難させることが第一ですし、あの高尚で強き者が簡単に死ぬはずがありません。あの人は正義の味方なんですから」

 「まあ、正義の味方には否定はしないけれど……復活の可能性を信じるより、私たちが強くなるほうがよっぽど現実的だわ」


 そう言うと、芹沢はパソコンを立ち上げて、ある武器の設計図を開く。


 「これは?」

 「ガルガウズキャッチャーよ」

 「さすまたですか?」

 「形はね。この武器で、相手の動きを封じてからさすまたの真ん中の突起を刺して、そこから高出力のガルド粒子を一気に流し込む。研究結果通りなら、バトルトルーパーでもドレードでも爆裂四散するわ」

 「なんて恐ろしい武器なんだ……まるで芹沢さんの性格のようだ」

 「あ?宇田君、なんて?」

 「いえ、なんでもありません」


 新武器の性能を聞いて、宇田が会話に入ってきて武器の凶暴さに、時折見せる芹沢の苛烈さを冗談交じりで馬鹿にしたら、それなりのマジトーンで恫喝されたので、とりあえず彼は誤った。


 その反応とは対極に神田は少し興奮していた。

 なぜなら、市民を守ることが優先事項だとしても、今のガルガウズではドレードに対抗が全然できないからだ。

 そんな彼にとって大きな武器となるキャッチャーの登場は気持ちが高まるのだ。


 「実践投入はいつごろになりそうですか?」

 「まだ未定だけど、もう一ヶ月もかからないわ。これで、あなたの崇拝する龍人と戦えるわよ」

 「崇拝はしてませんよ。でも、あの人と戦えるのか……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 現在、梓邸にて二人の女子が喧嘩をしていた。


 「先輩は澄香に甘すぎなんですよ!大雅が……大雅が死んじゃったんですよ!」

 「それでも私は阿内が間違っているとは思わない。確かに大雅を傷つけたのは許しがたいが、彼女の両親がこの間の怪物に殺されたのだろう?正気を保てるはずがないだろう」

 「そういう達観した考え方は嫌いです!今の澄香は自分のためじゃなくて、人のために戦わなくちゃならないんですよ!」

 「それが違うと言っているのが分からないのか!」


 梓邸の一室―――澄香の部屋で、丸くなる澄香を挟んで風見由香と梓芽衣は言い合っていた。


 話し合いの内容は澄香は悪い悪くないで、意外にも由香が澄香の擁護派になっていることだ。

 彼女の好きな相手である大雅が死んでいる同然の状態であるのにも関わらず、澄香の気持はわかると擁護している形だ。


 逆に澄香を責め立てているのは芽衣だ。

 芽衣は、普段から澄香の戦い方を見ており、グレイを相手にしたとき正気を失うのを知っていた。

 だから、大雅が氷漬けにされたのは大雅の言葉に耳を貸さなかった澄香のせいだと、そう言うのだ。


 「先輩はわからないんですか?澄香たちは、人類を救うかどうかの判断ができるほどの力があるんですよ!」

 「だからと言っても、阿内は人間だ。彼女を救世主として語るのはあまりにも酷だ」

 「あー!なんでわかんないかなあ!澄香がバカな私怨を持ち込まなければ大雅はこんなことにならなかったのに」


 パアン!


 「親を思う気持ちがバカだと!?もう一回言ってみろ。澄香も大雅もうちで引き取る!」

 「は!なに勝手なことを!」

 「それに、お前は大雅のなんなんだ!別に彼女でもないのなら、大雅のためにそこまで怒る必要はないだろうに。好きなのか?」

 「は、はあ!?そ、そんなわけないじゃん!私はただ彼女のふりをしてるだけで……」


 そんな不毛な言い争いが続く中、澄香は立ち上がる。


 「ごめん、一人にさせて」

 「わかった。だが、一人で抱え込むな。大雅に話しづらいことなら私が聞くからな。いつでも頼ってくれ。これでも、私はお姉さんなんだから」

 「ありがとうございます、風見先輩」


 そう言うと、彼女はいつも大雅と組み合いをしている柔道場に来た。

 その中で、彼女はムニンとフギンを出す。だが、いつもと変わらずに感覚はすべて澄香頼り。やはり、個人で戦うよりは注意が散開してしまう。だからこそ、敵の予備動作に気付けないこと澄香は理解している。


 だが、彼女は大雅と違って、タイプチェンジのような特異性もない。自分は手数でしか勝負できないのだ。

 そのジレンマが彼女をより苦しめる。


 「どうすればいいのよ……」


 そんな呟きが道場に消えていく。

 彼女の家族を失った痛みは一生消えることがない。ましてや、自分の目の前で砕け散っていったのならなおさら。

 風見由香の言うように、グレイに強い憎しみをおぼえるのは当たり前のことだ。


 「助けてよ……大雅……」


 場面は移って、澄香の部屋。


 「梓、お前の言い分もわかる。だが、そんな理論では人の感情は押さえつけられないんだよ」

 「でも……」

 「大雅も好きで戦ってるんじゃない。梓たちが傷つくのが嫌だからなんだ。言ってたぞ。ぶっちゃけ世界はどうでもいい、ただ大事な人の大事な人を守っていけば勝手にみんな助けることになるはずだから。って」

 「それでも私は……」

 「お前は2人が戦ってるのに自分は見てることしかできない精神的苦痛のせいで心にないことを言ってしまってるみたいだ。一度、2人と話し合ってみろ」


 そんな言葉に、芽衣は少しだけ澄香に悪いことを言ったなと反省するのであった。

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