カルヴァドスと忘れ物

「あい。お通しは何があったかなぁ……」


「チャームと言って欲しいですわ……」


「はい、カルヴァドスのソーダ割とチャームは……高級なラスクです」


「ふぅ、瑞々しいリンゴの香り、でも甘くないところがいいですわ……あら、本当。これ赤坂の高級店の、クッソ高いラスクですわ。バターたっぷりでお酒に合いますの」


「どうしてうちにあったのか知らないけど、味噌キュウリにならなくてよかったの」


「味噌キュウリでもいいですわよ……いえ、お待ちなさいな。これナツさんが買ってきたのではありませんの?」


「赤坂なんて行った覚えないなぁ。ここ要町だよ?」


「早仕舞いした夜はあちこち飲み歩いてるじゃありませんの……でも記憶にないというのは嫌な予感ですわ」


「そもそもわたしがお通しに、そんなお金かけるとは思えないの」


「それですわ! これ、お客さんの忘れ物ではありませんの?」


「あー、その発想はなかった」


「発想力! 身に覚えのないものをどうして開けましたのっ。取りに来たらマスターが箱開けてたとか、洒落になりませんわよ!?」


「あまつさえ自分のラスクがお通しで出てきたりしてね、笑うしかないね。あはは」


「笑い事ではありませんのよ!」


「お蝶さん、最初は必ずカルヴァドスだよね」


「あからさまに話を逸らしましたわね、この女……カルヴァドスはフランスにいた頃によく飲んだのですわ」


「フランスかぁ。フランスと言えば、こんな忘れ物もあるよ」


「何ですの、この金ぴかライター。大きさの割にズッシリしてますわね。わっ、開けた時の『ピーンッ』って音が映画に出てきそうですわ」


「S.T.デュポンのライン2ってフランス製のライター。真鍮削り出しだからいい音鳴るよね。それは限定品でさ、20万円以上するよ。『成功者のライター』って呼ばれてるの」


「二十諭吉、クッソ高いですわ! 持ち主に心当たりはありませんの?」


「心当たりもなにも、席に座ってたお客さんは覚えてるよ。次来たら返したいんだけどね、今塀の中だからなぁ、社長さん」


「反社会的な方ではありませんわよね……?」


「社会的な人でもたまにいるんだよ、病気とか裁判とか倒産とかで間が空くお客さん。

 おかげで喫煙具はお店開けるくらいあるよ。これはロンソンってオイルライター、つけ方わかんないけど。

 イム・コロナにダンヒルのガスライターに、いくらするかわかんない純銀製のキセル。

 このZIPPOでも一諭吉は飛ぶだろうに、皆よく置いていくよね。

 使い捨てライターの忘れ物は誰でもお持ち帰りOKにしてる」


「帰り際目に入るカゴですわね。ライター捨てるの面倒ですから、仕方の無いことですわ」


「ちなみにこのデュポン、補充ガスもお高い」


「そりゃそうでしょう」


「けどライターをよく冷やしてあげると、100円のガスでもそれなりに入ったりするの。入るガスより漏れるガスの方が多いけど」


「シーッですわ! 営業妨害!」


「誰も聞いてないって。まぁOリング壊れたり保証効かなくなったりするかもだけど。デュポンは製品シリーズごとにリフィル違うくらい精密らしいからね」


「Oリング壊れるとどうなりますの?」


「ガスが無くなるまで漏れる。その修理代がまたクソ――」


「割に合わないことはわかったので、もういいですわ……ナツさんおタバコ吸わないのに、やけに詳しいですわね?」


「バーのマスターだからね、お客さんの話聞いてると覚えちゃうんだよ。これも教わったんだけど、デュポンの底面の刻印見て」


「ロゴの下に英数字がありますわね」


「そのシリアルナンバーが4FKから始まると偽物の可能性が」


「ひぇっ」


「あと本物は打刻印だから、それみたいに彫りの浅い部分ができるけど、偽物はレーザー刻印だからくっきりしてる」


「デザインで偽物とわからないものですの?」


「デュポンは定番商品数の何倍も限定品が出てるから、『こういうのもあるんだなー』ってなるの」


「偽物でいいから欲しい、という人がいるのですわね」


「というより『安くて無難なものが欲しい』って考えじゃないかな。デザインは当然一級品だし質だって、そこそこのものもあるらしいから。本当にそのブランドが好きならコピーは買わないよ。次はどうする?」


「ブランドの存在意義に関わるお考えですわね……カイピリーニャをもらいますわ」

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