第14話 デート

木崎さんとは翌朝10時に、木崎さんの最寄り駅で待ち合わせをした。


「須加さん、おはようございます」


グレーのワンピースは、腰から足下に向かって緩やかに広がっているタイプのもので、木崎さんによく似合う。


木崎さんは所作が丁寧で、いつも落ち着いていて、本気で怒ったことなんかないんじゃないかと思ってしまうくらい温和な印象がある。


見た目のイメージが先行している部分もあるけれど、木崎さんに微笑まれると釣られて笑みが出てしまう。


5つ年上だなんて思えないくらい可愛い。持って帰りたい。


「年甲斐もない格好でごめんなさい。最近出かける時の服なんて全然買っていないから、ひびきを産む前に買った服しかなくて……」


「でも木崎さんに合ってますよ」


溢れそうな本能を抑えこんで、行きましょうと木崎さんを誘って2人で電車に乗った。


木崎さんのリクエストは、ひびきちゃんがいると行けない場所、だった。昨日から悩んで、ありきたりの場所だけれどプランを必死に考えた。


デートでこんなに下調べをしたのなんて初めてだった。 


まずは中華街に行って食べ歩きをして、その後は近くの観光スポットをいくつかピックアップしているので、木崎さんのリクエストを聞きながら足を伸ばす予定だった。


「確かにひびきがいると、大変なことになりそう」


休日ということもあって、人の出はそれなりにある。子供を連れて来られないわけじゃないけど、目を離せない場所だろう。


「もうちょっとひびきちゃんが大きくなれば、来られそうですけどね」


「そうですね」


「でも、今日は木崎さんのリフレッシュが目的なので、ひびきちゃんのことを考えるより、自分のしたいことを優先させましょう」


その後は通りを歩きながら点心を買って二人で分けたり、最近話題の店に並んでみたりして時間を過ごした。


木崎さんとは距離が近くて、心臓は鼓動を早めっぱなしだった。同じくらいの背の高さなので、並んで歩くと時々手が触れ合う。


握りたいけど意気地無しのわたしが行動に移せるわけがなかった。


中華街を堪能した後、少し疲れたからと海が見える場所に移動をして、カフェのテラス席に港に向かって並んで座る。


「こんな風に時間を過ごしたの、久しぶりで楽しかったです。つき合って頂いて有り難うございます」


まっすぐな笑顔に多少の罪悪感は沸く。


木崎さんに合わせたではなく、単に木崎さんとわたしが出掛けたかっただけだった。


でも、報われない恋でもデートできただけで奇跡に近い。


「わたしも一人だと、こんな場所に来ることもないので、いいきっかけになりました。それに楽しかったので気にしないでください」


「わたしはいつも須加さんに助けられていますね」


「大したことしてませんよ?」


ほんのちょっとの手を出すか出さないかくらいのことしか、わたしはしていない。その時に一言お礼を言ってもらえればそれで十分だったし、そのために頑張ったと言う程のものでもない。


「契約の件、一瀬さんに聞きました。有り難うございます」


どうやら真依は、わたしが真依に言ったことを話しちゃったらしい。


わたしは自分の考えを伝えただけで、結果的にはいい方向に転んだけど、実際に調整をして頑張ってくれたのは真依だった。


「ただもったいないなって思っただけです。木崎さんはうちの楠元のフォローをよくして頂いたって聞いてます。本当は真依……一瀬さんも木崎さんには残って欲しいのに、上から言われたからそのまま受け入れるはどうなのかなって、少し意見を言っただけです」


「子育てって国の支援制度はあっても、会社は法律で決まっている最低限しかしてくれないんですよね。会社がワタシに合わせてくれることはないから会社を辞めて、自由度の高い派遣で働くようになりました。その時に、もう誰に甘えることもできない、全部自分の責任でするしかないんだって決意をしたはずなんですけど、強くなるのって難しいですね」


「ひびきちゃんを守るために強くならないといけないかもしれないですけど、無理しすぎないでください。ひびきちゃんには木崎さんしかいないんですから」


「そうですね」


「しんどかったらしんどいって言ってください。愚痴も溜め込まずに吐き出してください。聞くくらいならわたしでも聞けますから」


「どうして須加さんはそんなに優しいんですか?」


世話好きな性分はあるとしても、木崎さんだけが特別なのは当然だった。


でも、好きだからですなんて言えなかった。


「ひびきちゃんが可愛いから、ひびきちゃんの大好きなお母さんは悲しませたくない、でしょうか」


口元で笑って、木崎さんはそれ以上は追求して来なかった。

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