第12話 お誘い
西下さんと矢柳さんの前から去ろうとしたわたしは『お昼ご飯を一緒にどうですか?』と西下さんに誘われる。
お邪魔になるだけではと断ろうとしたけれど、矢柳さんも乗り気で、わたしが着替えた後に一緒に近くの喫茶店に入った。
何を話せばいいのか悩んで、今日のコースのコンディションの話を始めると、矢柳さんが乗ってきてくれる。
矢柳さんは社会人になってからランニングを趣味にしていて、今日のように時々大会にも出ているらしい。
わたしは趣味の合う友人を作ることもしてこなかったので、情報交換を時々しましょう、と矢柳さんと連絡先を交換することになる。
「西下さんも入れてグループ作りましょうか」
恋人が他の女性と連絡を取るのは嬉しくないだろうと、西下さんに確認する。
「マラソンの話は結構です」
「雪菜も走ったらいいのに」
「ジムで軽く走るくらいで十分です」
矢柳さんの隣に座る西下さんは、会社で見る隙もない姿じゃなくて、ちょっとそれが弛んでいて可愛く見える。
「西下さん、悩んでいたけど、縒りを戻すことにしたんですね」
「まだ戻してません。今はその前段階として、どうするかを話し合ってる最中です」
つき合っているようにしか見えないけど、捩れた糸を解す期間ということだろう。
「矢柳さんも女性しか駄目な方なんですか?」
「そうです。バーで須加さんにお会いした時に、ワタシは全然敵わないな、と落ち込みました」
「矢柳さんの方がどう考えても魅力ありますよ?」
一流企業の課長さんと聞いていたし、見た目も年齢より若く見えて、わたしが勝てるところなんて年齢くらいだろう。
「一回り離れているせいか、ワタシは雪菜のことを理解できなかったので、雪菜の傍にワタシより年下の人がいると、雪菜に合うのは年が近い人なんだって思っちゃうんです」
年上に見えない可愛さというか、いじらしさが垣間見える。同じ年上でも木崎さんの魅力と矢柳さんの魅力は全く違う。
「矢柳さんって、可愛い人ですね」
ふと漏らした言葉に西下さんが慌てる。
「駄目です。聡子さんは私のですから」
さっき縒りは戻していないと言った口で、西下さんは独占欲を見せる。
西下さんは大人な恋をしていたのかなと想像していたけれど、目の前で2人を見ると全くそうじゃないことは分かる。
素直になれないけれど求め合っているなんて、10代の恋愛と大差ない。
でも、大人になってたくさんのことができるようになっても、本質なんて変わらないのかもしれない。
木崎さんと連絡をするのに、何度もメッセージを書いては消して、なかなか送れなかったりするけれど、恋をすると相手との距離を縮めることに悩むのなんて年齢は関係ない気がした。
「大丈夫ですよ。わたしにも好きな人がいますから」
「それは一瀬さんじゃなく、ってことですか?」
矢柳さんの腕に抱きついたままで、西下さんが目を丸くして聞いてくる。少し前までのわたしは恋には積極的じゃなかったので、当然の疑問だろう。
「そうです。ノーマルな女性なので、叶うことはなさそうですけどね」
「その人に告白はしないんですか?」
「告白して関係を壊すよりも、今のままでいる方がいい気がしているので難しいですね」
「今は友人でいられてるってことですか?」
「知り合いよりは少しは親しくなれているので、友人と言っていいのかもしれませんね」
盛大に西下さんに溜息を吐かれて、肩を竦めて苦笑を零す。
「わたしのことは気にしないでください。それよりも、西下さんは矢柳さんのことを考えてあげてください」
「大丈夫です。放っておいても聡子さんはくっついて来ますから」
西下さんもなんだかんだ言いながら矢柳さんが好きで、矢柳さんも離れられないのであれば、この2人はどこかで手を繋げるようになるだろうと予感はあった。
正直に言って羨ましくて、木崎さんが恋しくなった。
西下さんと矢柳さんと別れてから、木崎さんとひびきちゃんのお土産を探して、捺染の可愛い絵柄のハンカチを見つける。
木崎さんとひびきちゃん、そしてわたしの分をお揃いで買ってから駅に向かった。
使ってくれるかどうかは分からないけれど、お揃いのものを持っていると思うだけで心が弾んだ。
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