第44話 悲嘆のカール


それはまるで恋人同士が互いの心をそこに垣間見ようとする仕草にそっくりで、ロニーの深い湖のような苔色の瞳には、好奇心の三文字がでかでかと浮かび上がっていた。

 色気のない光景だ、とカールは大きくため息をつく。


「侯爵の能力は、特殊な力場を形成して、空間をある程度操ることのできるスキルだ、とも言っていた。誰かの使う能力によく似てるなと思って」

「誰だっけ」

「君の、魔猟師のスキルによく似ているでしょ。意思の力で世界の裏側から空間に干渉して特殊な力場を作り出し、空間を思うがままに操ることができるスキルなんて早々ないよ」

「ある意味、撃癒も似たようなものじゃない」

「僕のことはどうでもいいの。魔族の新興勢力が勢力を広げたいがために、この王国の闇社会に生きる者たちと手を組み、王国を後ろから支配しようとしてる。それを阻止するために力を貸して欲しい」

「そこだよ、そこ。どうしてそこにボクが必要なのさ。しかも、戦闘に向いた魔猟師ではなくて、魔石彫金技師の腕前とか意味が分からない」

「ブルーサンダース財閥とその新興勢力が手を結んでいるんだとか。魔石は僕の身長を遙かに越える大きさなんだ。そんな大物を売買するとなれば、闇のマーケットしかないでしょ」

「細かく砕かにしてもそれなりに腕のある職人がやらないと価値が出ないからね。ブルーサンダースかあ、いいお得意さんではあるんだけど」

「そうなの?」

「そりゃそうでしょ。裏ではどんなことをしているとしても、表向きはちゃんとした商売人だからね。ボクの店のお得意さんでもある。同じ4大マフィアの中で、ブラックファイアさんもお得意さんの一つだけど」

「あ……」

「そっちの関係があるの? まあ、黒狼なんて種族が出てきた時点で、御察しだけど」


 黒狼族は横のつながりが強い。王都の南西部に広がる商業区を中心に闇社会を支配するブラックファイアは、その周辺の区域に同族たちを住まわせていた。


「あそこのビッグボスのお嬢様、そろそろ結婚するらしいね」


 あの小オオカミが結婚? いやいや、姉、という可能性もある。

 あんなに子供子供している性格では、嫁いだところでいいように弄ばれて終わりだろう。


「それは知らなかった。僕が出会ったのはイライザとその護衛をしていたケリーだけど」

「マルチナさんだからイライザさんの上のお姉さんじゃないかな。しかしまだケリーなんて物騒な名前が飛び出たね。やっぱり君は厄介事に巻き込まれる性質を持ってるんだよ。奥様たちが可哀想」

「そんな」


 トラブル体質なのは認める。だからってそこまで言うことないじゃないか。

 あまりもの暴言に涙が湧き出しそうだ。


 人付き合いが苦手で、ストレスにも弱い少年をからかうのは、そろそろ終わりにしてやろう。

 秘密を全部話さずに自分を都合よく使おうとした罰だ。


 なんとなく気が晴れたから、ロニーはカールを解放してやることにした。

 ちょうど窓の向こうには、行政区域が立ち並び始めている。


 貴族院はこの並びのもう少し入ったところにあった。


「ケリーは黒狼の中でもランクAに入るほどの腕前だって話、知らないの? 元冒険者で、聖戦にも何度も参加している黒の魔炎使い。有名な魔族の剣士たちが彼女と戦って、槍の穂先に命を散らしたって逸話もある。内気なのは別に悪いことじゃないけど、愛する女性がいるならもう少し周りに気を配るべきだね」

「なんかもう無茶苦茶だよ」

「はいはい。君の泣き言なんて誰も聞きたくないから。それは家に戻って奥様達にぼやいてね」


 ロニーがいきなりバタンとドアを開ける。

 それはカールの真横の扉だった。


 ほら行って来い、と勢いよく蹴り出されて地面とキスをしそうになった。

 慌てて片手で受け身を取ると、その場でくるり、と一回転。


 体勢を整えて地面に立つと、ロニーの乗った馬車は視界のどこにも存在しない。


「やられた……」


 空間を操る魔猟師のスキルにまんまと嵌められた。

 耳の側で、「魔石のことは調べておくよ」とロニーの甘いささやきが響いて消えていく。


 朝早くから散々な目にあって、心の奥の大事な何かを踏みにじられた気分になり、しょぼんと肩を落としたカールは、とぼとぼと目の前にある貴族院の門をくぐった。

 


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