第34話 撃癒師と神の時間
「地上に必要以上の干渉を行うことを嫌う者達も多くいるのです」
「それってつまり、魔王たちとか? ラフトクラン王国には魔王の勢力は伸びていなかったはずだけど?」
地上世界に起きる魔族の勢力地は南の大陸に集約されている。
カールは脳裏に世界地図を思い出す。
ラフトクラン王国は西と南の大陸の合間に位置する、いくつかの島国が集まった連合王国だ。
宗主国であるクロノアイズ帝国はさらに南西にあり、ある意味、植民地的な側面もある。
世界地図を広げて西側に位置する二つの大きな大陸。
その下側に位置するまるで六枚羽の水車のように丸いのが、南の大陸。
ラフトクラン王国と帝国はその右隣にある、ちょっと変わった島国で形成されている。
ポットの注ぎ口を右手側に、持ち手を左手側の西の大陸よりにしてみるといい。
実際には胴体部分と海により離れた手すり部分が、ラフトクラン王国となる。
クロノアイズ帝国はポット本体だと思えばいい。
胴長の島を南に行けば行くほど、国土は扇形に広がっていく。
帝都ファザードはそんな裾が広がりった、ポットの台座の左隅。
南の大陸からは最も遠く、南極に最も近い。
地勢上、南の大陸に近いから巨大な魔獣も住むが……ここ二百年ほどは静かなもので、戦争たる戦争も起きていない。
そして、南の大陸を支配する幾つかの魔族の王たちとは、友好条約を結んでいる。
狙われるべき理由はよくわからない話しだった。
「南の大陸を支配するのは魔族でして」
「知っています」
「その魔族にも新興国がありまして」
「そうでしょうね。いつも戦争してるイメージだもの。南の魔族は」
「……で、勢力圏を拡大しようと、西の大陸を目指しておりまして」
「ああ、この王国が島国で丁度いいから、足掛かりに、と?」
「さすがでございます」
ワニは短い両手を重ねて、パチパチと拍手をして見せた。
どことなく異様な光景にカールは思わず後ずさりをする。なんとなく褒められれば褒められるほど、彼の食糧として見られているような気がしたからだ。
気のせいかもしれないが……。
「結論から申しますと魔族の新興勢力が勢力を広げたいがために、この王国の闇社会に生きる者たちと手を組み、王国を後ろから支配しようとしております」
「結論だけでよかったんじゃないのかな?」
「最初から簡単に物事を済ませようとすると、何をやってもうまくいかなくなりますよ」
「いや返してよ、僕の時間」
これは正当な要求だと思う。
なんなんだこの無駄な時間は。
結局、神様達は争いに自分を巻き込みたいだけじゃないか。
「都合のいい駒にしたいなら、そう言ってくれたらいいのに」
「神の使いである、聖女や勇者を使うと、これまた魔王たちと揉めまして。まあここにはいろいろと理由があるのです」
「……そんな理由、どうでもいいけど。約束して欲しいことがいくつかある。と、いうか保障が欲しい」
「奥様方の安全は保障致します。たとえ死んだとしても必ず生き返らせることを誓います何度でも。撃癒師様にもそれは可能で――」
「それは当たり前だから。そういうことじゃなくて! ……撃癒だけじゃ、無理だよ。そして、僕一人でも無理だ」
「人員ということに関しましては既に用意が整っておりますので」
「はあ?」
「能力に関しましても、女神より特殊なスキルを授ける許可を……」
「そんなスキルがあるならもうあなたが戦えばいいんじゃないですか!」
「魔王たちとの協定がありまして。今回は、それを逆手に取られ、魔石に封じられてしまいました。同じワニということで、なかなか魔石の封印を破ろうにも、魔力の波長が同調していてうまくいかず。難儀しておりました」
バスタブでくつろいでいたのは一体どこの誰だよ。
幻覚操作まで巻き起こしといて!
こっちはいい被害者だよ!
「どれくらい入ってたんですかあの中」
「ほんの一週間ほどですかね。地上時間にして。その間に陸上ではドラゴンが猛威を奮っていたはず」
「……あれ、そっちが関わってたのか」
「本当なら私が撃退するところだったのですが。折よく、撃癒師様が撃退していただきまして」
いつの間にか、撃癒師殿が様になってる……。
知るか、そんな特殊事情。
危うく死にそうだったわ。
「あれは前哨戦。まだまだ増えますので」
「はああ? あんな野良ドラゴン、これ以上増えなくていいよ!」
ワニは困ったような顔をした。
君ならどうにかできるでしょ? そんな顔だった。
いや、期待されても……。
「本当はあれは王都を襲撃して、国王を暗殺する予定だったのですが。まあその意味で、功労者、と言いますか。その辺りのことは、神託で撃癒師様の功績を神殿に伝えておりますので」
神託を、神様と地上世界を簡単に繋ぐ、便利な魔導具代わりにするな!
怒りがふつふつと湧いてきた。
「僕はただでさえ宮廷で肩身が狭いのに!」
「これで大手を振って歩けるではないですか」
「そういう意味じゃなくて」
「奥様方の貴族籍を手に入れたくはないので?」
「うっ……。そういう提案は卑怯だよ」
ワニは何もかも見透かしていた。さすが神の使徒……。
人使いの荒さが違う。
「侯爵たちは私を封じたあと、ヘイステス・アリゲーターの中に魔石を入れたまま保管しておいたのです。そして、この船にヘイステス・アリゲーターを近づけ、魔石を回収して、王都に持ち込むつもりでした」
「持ち込み先は――」
後で聞かない方が良かったと後悔する。
王都の市民ならば、誰でも関わりたくない存在だったからだ。
「ブルーサンダース」
「王都、四大マフィアの一つじゃないか! そこまで分かってるんだったらもう……各神殿に神託を出して、勇者なり神殿騎士なり聖騎士なり、聖女なり。王国騎士なり……向かわせて逮捕させたらいいのに」
「ブルーサンダース財閥は、王国どころか帝国でも指折りの海運王ですからなあ。お金が絡むと神ですらも手が出せないこともある」
「暴露大会はもういいから。誰が僕らの味方になるんですか」
「もう、お会いしているでしょう? そのうちの一人は私を助けて下さった」
あの小オオカミの実家か!
マフィアにマフィアをぶつけて抗争でも起こしたいのだろうか、神様たちは。
「それで僕は何をどうしたらいいんです。伝えることを伝えてさっさと消えて」
「伝えることは二つだけ。侯爵の能力は、特殊な力場を形成して、空間をある程度操ることのできるスキルです」
「ああ、それであれが……」
脳裏に浮かんだのは二つに割れたはずの魔石がきちんときれいに修復されていたこと。
あの男の後ろをあんな重いものスルスルと歩くようについて行ったことも、なんとなく説明がつく。
「でもそれだけだと、あんな綺麗に割れ目を修復できる理屈がない」
「力場の中では意思を持たないのであれば、戻せるのですよ。進めたり戻したり。物体は分裂しても、最初の形を記憶していますから。その通りに戻したり、分けたり。できるということです」
「めんどくさい男だなあ。そんなややこしいやつを相手しないといけないなって」
「ですのであなた様にはさらに優れた特級スキルを授与致します」
優れた力は、大いなる力は、更なる問題を産む。より大きなトラブルを呼び込むのだ。
与えられたとしてもなるべく自らの持っている力のみで対応しようと、カールは思った。
ワニの説明は続く。
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