第32話 負け犬のエントリー

 バッドダウの英雄――シュヴァイク。確かに『下』の連中からしてみれば、この男は間違いなく英雄と言って差し支えないだろう。


 オレは今一度、視線をククラの方へ。


「………………」


 依然として彼女は伏し目がちに、且つ気まずそうな横顔を晒していた。反論なし。詰まる所そいつは、事実であることを証明する構え。目は口程に物を言う。嘘じゃ……ないんだな。


「まあ、一方の視点だけで判断するなってこった。見るならちゃ~んと、両の目で見ねえと。俺はそうやってきたぜ? この失った目で『上』への復讐を誓い、もう片方の目で……『下』の連中を掬い上げた」


 シュヴァイクは左、そして右の順で己が目を指差し、現存する方の瞳を――


 やはりこいつも……能力者だったか。と、多少なりとも身構えると、


「まあまあ、そう怖い顔しなさんな。単なる自己紹介の延長だよ。やり合おうなんて思っちゃいねえ。ただ、それも……答え次第ではあるがなァ?」


 奴は瞳の色をブラウンに戻すも、相変わらずの強面でこちらを牽制。己が状況を悟らせてくる。


 提案を断れば、すぐにでもこの首を刈り取るって勢いだな。でも、そうじゃない一面も持ち合わせている。口も上手い。見た目通り、老練さが窺えるな。


「話は大体理解した。だが、どうしてそこまでしてオレを? 『異端者レッドアイ』をやったとはいえ、ただのガキだぜ? オレは」

「ただのガキがやれるわけないから、こうして出向いたんだがァ……。意外と謙虚なのかな? それとも……何か他に欲しい物でも?」


 そして、いい目を持っている。そこのブルーノとかいう小者とは一癖も二癖も違うな。


「話が早くて助かる。聞けばここには『底なし闘技場』なるものがあるそうじゃないか。で、そこの賞品が『飛び切りの美女』だとも……」

「これまた意外だなァ、女好きか? 確かに次の闘技場の賞品は女だが……そっちのお嬢ちゃんよりも、賞品の方がいいと?」


 ククラからの視線を視界の端から感じる。『見捨てないで!』って感じのな。ったく、次から次へと面倒な要素が……


「……彼女もだ。それも含め、賞品も頂く。それなら考えてやってもいい」

「そいつは流石に吹っ掛けすぎじゃないかァ? いくらおめえが強ェっつっても、俺がそれをこの目で見たわけじゃないんだぜ? 果たしてそこまでの価値があるかどうか……」


 そう来ると思ってた。なら、この言葉を送ろう。星羅せいらへと繋がる手掛かりがそこにあるなら、オレはなんだって……


「だったら……オレをその闘技場に参加させてくれ。そこで力を示せば、文句ないだろう?」


 シュヴァイクを含め、他の輩どもが息を呑んだ。『正気かこいつ?』って視線を上乗せしてな。


 しばしの沈黙ののち、シュヴァイクはテーブルへと肘をつき、前のめり気味にこちらを覗き込んだ。その一つしかない目で。


「おめえ……自分が何言ってるか分かってんのか? うちの闘技場は殺し合いも殺し合い。優勝者以外、残らねえ……地獄みてえな場所なんだぞ? それでもやるってェのかい?」

「闘技場ってのはそういう場所だろ。で? その口振りは了承と捉えていいんだよな?」


 シュヴァイクの野郎は一瞬目を見開くも、タガが外れたように――盛大に笑った。それこそ周りの部下どもが引くくらいに。


「……いいだろう。そこまで言うなら止めはしねえ。おめえの名を闘技場にエントリーさせておく。えーっとォ、そういや……?」

数原匠十かずはらたくとだ」

「カズハラタクト、か……。珍しい名だな。優勝したら、さぞかし目立つことだろう。……けど、それまでは他と同じ扱いをさせてもらうぜ? ウチの闘技場は一応、『負け犬』専門なんでなァ?」

「どうだっていい。日時は?」

「明日の夜だ。そん時になったら使いを寄こす。それまでに準備しときな。最後にならねえようになァ? ダッハッハッハ!」


 笑いに始まり、笑いに終わる。奴の最終的な印象は――『掴みどころがない』。そんな感じだったかな。


 親分を追ってぞろぞろと去っていく輩どもを見送ると、酒場内には別の意味の静けさが漂い始める。正直、オレにとっちゃどうでもいいことだったんだが……


「ごめんなさいっ! 私……自分に都合のいいことだけをお伝えして……っ!」


 ククラからすれば流せぬこと。まあ、そっちの方は我慢できなかったみたいだが。


「あんたは元『上』の人間だった。それは間違いないんだな?」

「……はい」

「そうか。まさかとは思うが『下』の奴らを虐げたりなんかは……?」

「それはないです! 神に誓って!」


 ククラはその雫を散らすかの如く、俯かせ気味だった顔を横に振った。が、まだ含んでいるものがあるようで……


「……ですが、見て見ぬフリはしてしまいました。私の家庭はどちらかというと、『上』ではなく『下』一歩手前。それで明日は我が身と震えることしか……。ごめんなさい……っ!」


 全部吐き出すと抑えきれなくなったのか、その泣き腫らした顔を両の手で覆った。


 冷めた男と泣く少女。こんな二人じゃ、このちっぽけな酒場でも広すぎるくらいである。とはいえ、気の利いた言葉をかけようなんて、これっぽっちも思っちゃいない。そもそもそこまで器用でもないし、優しくもない。


「ったく、『始まりの町』のくせして入り組みすぎだぜ……」


 ゆえにボヤく。せめて『明日終わらせる』ことを言い訳にして。

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