第3話 生死の境に喜びを

 嫌な汗が額から零れ落ち、ツーっと頬を伝っていく。……急に寒気を感じたのは、その汗が顎に到達し、地面に落ちた時だった。今までに味わったことのない、強烈で不気味な寒気。現実と非現実の狭間……


 さっき確認したはずの……閉められていたはずの窓が急に開けば、そんな思考になるのも無理からぬこと。まるで『入れ』と言わんばかりのムーブじゃないか。なら行かない。なら、な。


 でも、オレは……たぶんじゃなかったんだろうな。真っ先に過った言葉はそう……『七不思議狩り』だった。本当にあるのか? そんな非現実的なことが? 帯びる、昂る。熱を……徐々に。


「……いや、星羅せいらたちが悪ふざけでやってるのかもしれない。オレはあいつを連れ戻しに来たんだ。そうさ。だから……」


 誰に対しての言い訳か、オレは気付けばその窓から、非現実の世界――学校の中へと乗り込んでいた。


「星羅……? いるんだろ? なあ?」


 と、静まる教室に向けて声をかけてみるも、返事どころか人の気配すらない。廊下に出ても同じ。警報も鳴りを潜めてやがる。完全なる無。あるのは窓から差し込まれる月明かりだけだった。


「そういやオレ、『七不思議』のことなんも知らないんだったな……」


 正確には『この学校の七不思議のことは知らない』である。一般的な知識はあるが、そこは学校によって特色があったりするのかもしれない。


 ということで、この手の話題に造詣が深いであろう我が親友、八納鷹志やのうたかしへと手を借りてみることに。


 したのだが……


「『圏外』か……」


 スマホも沈黙状態。なんともベタな展開である。まあ、予想はしてたけど……


 ちなみに教室の方を覗いたら、さっき乗り込んだ際に使った窓が普通に閉まってた。当然、閉めた記憶はない。いよいよ、ヤバくなってきたか……?


「取りあえず出られないなら探すしかない、よな?」


 とはいえ、オレの足は淀みなく動いていく。迷いがない。寧ろ『何か』を求めるかのように、教室という教室を見て回っていた。


 だが、収穫はなし。一階部分も見終わったし、次は二階か……と階段前に差し掛かったところで、


「階段……と言えば、『十三階段』なんてのもあったか」


 一つの『七不思議』が口を衝いて出た。


 『十三階段』とは、階段を数えながら上がっていくと、十二段あるはずの階段が十三段になっているという……まあ、割とオーソドックス寄りだと思われる怪談の一種である。


 この学校にもあるかどうかは正直分からない。けど、見た感じは十二段であることに間違いはなさそうだ。……ちょっと試してみるか。


 それは多分、ほんの興味本位からだったと記憶している。いや、と言った方が正しいか。。漠然とそんな考えが頭を過ぎった。


 一段……二段……三段と踏み締めていく度、『まさかな……』という冷めた自分と、『もしかしたら……』という熱を欲する自分が交差していた。


 四段……五段……六段……やっと半分か。意外と楽しみにしてるあたり、オレもまだまだガキだな。


 七段……八段……九段……とはいえ、このあたりでもう既にガッカリしている自分がいた。見ないようにはしつつも、どう足搔いても見えてしまう。あと三段しかないという事実が。


 十段……十一段……十二段……やっぱりこんなもんか。十三段目なんて存在しなかった。『七不思議』なんぞ、どこまで行ってもただの迷信。期待して損した。


 踊り場に左足をついた瞬間、オレの熱は一気に氷点下にまで落ち込んだ。一体何を期待してたのか……。この分だと星羅の方も肩透かしを食らった可能性が高いな。適当に回ってさっさと終わりにするか。


 と、クソでか溜息をつきつつ、折り返しの階段を目指さんと、右足を前に出すオレ。しかし、ここで――


「――ッ⁉」


 オレはをその身に感じることになる。


 右足は確かに踊り場に乗った。それは間違いない。でも、おかしいんだ。もう片方の左足……そいつはさっき踊り場に乗せたはずだったろう? でも、今は――


「なんで左足が下がって……?」


 降りていた。降ろしたはずのない左足がに。


 そして、次の瞬間――オレの首にはがかけられ、その身は宙へと放り出された。まるで重力からの解放を目指すかのように。



 こうしてオレは吊るされる羽目になった。どこからともなく現れた絞首台によって。

 何故に絞首台……? と思うかもしれないが、戦後の絞首刑は十三の階段を上らされると聞いたことがある。たぶん、それが由来だろう。


「ぐっ……だれ……っ、か……!」


 しかし、今はそんな解説どうでもよい。オレは絞り出すような声で助けを呼んだ。残り少ない酸素を総動員して。



『……………………………………………………………………』



 ……けど、その賭けは虚空へと消えた。お陰で死に数歩ほど近づいたよ。絶体絶命の大ピンチ。くたばるまで、もうそんなに時間はかからないだろう。


 にもかかわらず、なんでだろうな? オレってやつは……


「は……はははっ……! そうかよ……上等だ……っ! オレは……死なない! 絶対っ……抜け出してやるッ!」


 笑ってたよ。こんな生死の境に立ってるってのに、どこか『熱』を帯びたようにな。

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