第11話 心の病と新たな戦場

「……暇だなぁ」


 アーランド村、領主館。要するに、私の家の自室にて、私はベッドで横になりながらぼーっと呟く。


 ゴブリンの大群を殲滅し、町一つを女神の御許へ送ったあの事件から、既に一週間が経過していた。


 アーランド村に戻ってきたその日は、もう本当に大変だったよ。何せ、村中の人が灯りを手に、村の中だけでなくその周囲の森にまで足を踏み入れ、私を探していたんだから。


 なまじ、お母様との特訓で日々村中を駆け回り、村の人々と交流を育んでいたのが裏目に出たんだろう。あれ以上遅くなっていたら、私を探しに出た村の人が魔物に襲われるなんて、とても笑えない事態になるところだった。


 大慌てで姿を現した私に、村の人達は大喜び。家族とも合流出来てひと安心……なんて、そうは行かなかったのもポイント。


 物騒な槍を手に、全身ボロボロの傷だらけで帰ってきた私に、またも大パニック。問答無用で医者を呼ばれ、治療を受けながら何があったか事情を話すことに。


 ──私がゴブリンに拐われ、襲われていたところを、通りすがりの冒険者が助け、ゴブリン達を全滅させた上で、村の近くまで送り届けてくれたのだ、というカバーストーリーを。


 この槍は、助けてくれた冒険者の人と離れるのを嫌がった私のため、お守りとして持たせてくれたものだとも説明した。


 正直、穴だらけでなんとも現実味の欠ける話ではあったけど、私が一人でゴブリンキングを含む大群を殲滅したなんて話よりはずっとマシだろう。

 私が浄化のために使った《レクイエムフレア》の起こす炎の竜巻もこの村から見えていたようで、それが私の話の信憑性を高めてくれたのは嬉しい誤算だった。


 ただ、まあ……その結果どうなったかと言えば、私は「ゴブリンに拐われ乱暴された挙げ句、町一つ滅ぶ様を目の当たりにしてしまった女の子」という、なんとも涙溢れる可哀想な存在になってしまったわけ。


 だから、体の怪我はもう治ったのに、未だに外に出ることも許されてない。私の心のケアと……魔物の子を宿されてないか確かめるための経過観察という意味もあって、ずーっと家の中で軟禁状態。


 一週間もベッドの上だと、さすがに退屈で死にそうだよ。まあ、ゴブリンの子供は人の赤ちゃんより遥かに大きいから、産まされた時点で母体になった女の人は大体死んじゃうらしいし、心配になるのも分かるけどね。


 むしろこの過剰なまでの心配こそ、私が家族から愛されている証のようで、とても嬉しい。


 間違っても失いたくないと、強く思う。


「……よーし、今日もやろうかな」


 これ以上ゆっくりしているのに耐えられないと、私はベッドの脇に置かれた槍を掴み、魔法を使う。


 闇属性幻惑魔法、《ミラージュ》。自分の分身を作り、感覚を共有しながら自由に動かすことが出来る魔法だ。


 この魔法を使った時点で装備していたものも再現されるし、幻影の癖にスキルまで使えるといいこと尽くめなんだけど、困ったことにこれを使っている間は本体が動けないという致命的な欠陥がある。


 本体に比べるとステータスも落ちるし、一度使う度に持っていかれる魔力も多いと、不便なことも多いけど……偵察に使うには最適だし、今みたいに本体が動けない時でも戦闘訓練出来るのは、すごく良い。


「《カメレオンカラード》、と。よし、行こーっと」


 魔法で作った分身体を、更なる魔法で覆って姿を隠し、家の外へ。


 適当に走り、たまに自分の体に意識を戻して状態を確認したりしながら、よし、と一言。


「うん、ここ何日かの練習で、大分慣れて来たね。これならそんなに心配かけなくても済みそう」


 実のところ、この《ミラージュ》による訓練は、私が村に戻ってきた次の日にはもうやり始めていた。


 でも、この感覚共有で分身体を動かすっていうのが思った以上にコツのいる作業で、最初のうちは分身の動きを半端に本体がトレースした結果、知らないうちに夢遊病患者みたいなことになっていたみたい。


 本体に意識を戻したら、ベッドの上に縛り付けられていた時は何事かと思ったよ。お兄様は傍で泣いてるし。


「今日もやってるかなー?」


 そんな四苦八苦を得て、どうにかまともに訓練出来るようになった私は、家の近くにある私兵隊の詰所──お父様が部下達に日々訓練を施しているその場所に、こっそり忍び込んだ。


 ゴブリアスとの戦いで分かったけど、私はどれだけステータスを上げたところで、戦闘に関しては素人だ。知ってるのは、ゲームというシステムに根差した立ち回りだけ。


 ゴブリン達は、ステータス差で圧倒出来た。でも、これから先もそれが続くとは限らない。


 だから、今私が重点的に引き上げるべきなのは、もっと基礎的な槍の扱いと、戦い方の基本を学ぶことだ。


「「「せいっ!! はあっ!!」」」


「そこ、もっと腰を落とせ!! 槍は腕で突くんじゃない、全身を使って突くんだ!!」


「「「はい!!」」」


 お父様が、数人の部下へ槍の指導をしている。


 家ではお母様のお尻に敷かれた情けない親バカパパ、って印象が強いお父様だけど、お仕事してる姿は本当にカッコいい。


「はあ、はあ、はあ……」


「ライル、ヘバるのが早いぞ。そんなことでは、ゴブリンすらまともに狩れん! 気合いを入れろ!」


「っ……はい!!」


 そんな訓練風景の中には、大人に交じって一心不乱に剣を振るう、お兄様の姿もあった。


 なんでも、私の一件があって以来、これまで以上に剣にのめり込んでいるみたい。


 頼もしくも微笑ましいお兄様の様子に頬を緩めながら、私もその隣に並んで槍を振るうことに。


 姿は、まだ隠したままだけどね。


「こんな、感じ、かな……?」


 見よう見まねで型を模倣しながら、自らの手で改善していく。


 とはいえ、私は私兵隊の人達やお兄様と違い、お父様から何が悪いのか指摘して貰えない。


 だから、今日はちょっとだけ趣向を変えてみることにした。


「《ミラージュ》、《カメレオンカラード》」


 目の前に分身体を追加でもう一体出し、視覚だけをそちらに移すことで、自分の動きと他のみんなの動きを客観的に見比べる。


 これなら、自分の悪いところも少しは分かりやすくなるはずだ。


「んー、こんな、感じ、かな……?」


 ひと突き毎に周りと見比べ、変な部分があれば適宜修正、洗練させていく。


 全く同じ動きでも、よくよく観察してみれば、細かい部分で違いがあるからね。そういう細かいところが、最終的に発揮される威力に大きな違いを生むのだ。


「よしっ、結構良い感じ……ん?」


 そうやって、訓練に集中することしばし。ふと、肩に違和感を覚えた。


 まるで、誰かに掴まれているかのような……。


「……あっ!!」


 そこで、私は訓練に夢中になるあまり、かなりの時間が経過してしまっている事実に気が付いた。


 慌てて分身体を消し、本体に意識を戻す。すると案の定、私を心配そうに見つめるお母様と目が合った。


「あ、お、お母様。どうされましたか?」


「テノア……気が付いたのね、良かった」


 ホッとした様子のお母様に抱き締められ、罪悪感に胸が痛む。


 うー、油断した……この時間なら誰も来ないと思って訓練に集中してたのに。また心配かけちゃった。


「お母様、私なら大丈夫ですよ。それより、何か用があったんじゃないですか?」


 出来るだけ元気に見えるよう、明るい顔で問い掛けると、お母様は私を労るように撫でてくれた。


「そうね……実は、私達に招待状が届いたの。コーデリア家主催の社交パーティよ」


 コーデリア家は、パルテノン王国西部を取り纏める大貴族だ。

 西部の貴族達は、国境の先──トリオン大山脈を越えた向こうに暗黒大陸を睨んでいる土地柄、武力と連帯を第一に掲げている。


 となれば当然、そのトップであるコーデリア家の社交パーティはほぼ強制参加。何か領地で問題が起きているのなら、尚更社交の場に顔を出して助けを求めるべし、というのが西部貴族達の風潮となっている。


「テノアの体のことを考えると、辞退したいのは山々なのだけど……」


「何を言ってるんですか、大事な集まりだからこうして話しに来たんですよね? 私は大丈夫ですから、みんなで行きましょう!」


「……無理はしないでね? ありがとうテノア」


 経過観察にしても、ぶっちゃけると一晩……遅くとも三日で十分だったのを、心配性なお母様が引き伸ばしただけ。体は調べるまでもなく万全だし、何も問題はない。


 何より……やっと本来の体で外に出られる機会だもん! これに乗っからないなんてあり得ない!


 それに……西部貴族が集まる社交パーティなら、来るかもしれない。


 この国の最高戦力、Sランク冒険者が。


「パーティ、楽しみです」


 戦ってる姿が見られるかは分からないけど、対面するだけでも何か得られるものがあるかもしれない。


 そんな思いを胸に、私は新たな戦場──コーデリア辺境伯領へと向かうことになるのだった。

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