エマージェンシー・ゴルドロス ⑤

長く長く、尾を引くような発砲音が鳴りやんだ。

戦車を貫くほどの大口径、当然そんなものが直撃すればザクロが散る。

そして外すことはまずない至近距離、あわや放たれた弾丸はその白髪を綺麗な赤に染め上げ……


「……What's?」


……ることはない。

何故なら冗談と思えるほどに長いライフルの銃身がその半ばほどでへし折れている。

これではまともに弾が撃てるはずもない、いや違う、順序が逆だ。


「……異物を挟んだままじゃ銃は撃てねえよ」


自分が握っているのは棒切れ、ではなくこちらもへし折れて穂先を失った箒の残骸。

小石から作られたそれは何故折れたのか、穂先はどこへ消えたのか、答えは簡単だ。


「……銃口に石を突っ込んデ、内部で箒に変え膨張させタ……?」


銃口に異物を詰められた状態で引鉄なんて引けば弾と空気の逃げ場がなくなり、破裂する。

咄嗟の判断だ、一つ誤れば間に合わず腕ごと吹き飛んでいたかもしれない。

賭けに打って出て、自分は勝った。


「っ……! まだダヨ!!」


だがそれでも危険な局面を一度乗り越えただけ。

魔力も体力もかつかつの自分に比べてコルトはまだまだ余力がある。

次に取り出したのは先程と同じく大量の手榴弾、先ほどと違うのはもう片手に持ったサブマシンガン。


乱射された弾の1発が手榴弾を撃ち抜き、起爆させる。

ひとつ爆ぜればあとは連鎖的に残りの全てが暴ぜ、逃げ場のない爆風と鉄片と弾丸が入り混じって襲い掛かる。


身を焦がす熱、肉を削る鉄片、意識を狩り取る弾丸、それでもまだ、まだ耐えられる。

まだ膝を折るわけにはいかない。


「ッ…………! いい加減、倒れてヨ!!」


痺れを切らしたコルトは怒りに任せ弾切れのマシンガンを投げつける。

もはや避ける気力はない、棒立ちのまま直撃したそれは額に赤い筋を流した。

それでも倒れない、倒れられない。


「“君は人間だ”なんて戯言、飽きるほど聞いたヨ! でも皆言うだけ言って、慰めた気になるダケ!!」


激情に叫びながら歩み寄ったコルトが俺の胸ぐらを鷲掴み、握りしめた拳を振り下ろす。

一度、二度、三度、振り下ろすたびに小さな拳が汚い赤に汚れて行く。


「言葉だけじゃッ! 何も変わらなイッ! パパとママは、私を迎えに来てくれナイッ!!」


……彼女の魔法に魔石は欠かせない、だが彼女が生まれて初めて戦った時はどうだろう?

銃を買い寄せるような魔石はない、だから初めはこうやって拳で戦う他なかったはずだ。

それはとても凄惨で、常人から見れば目を背けたくなるような光景に違いない。


……たとえそれが実の親であろうとも。


「魔法少女は化け物ダ! お前も、私も、皆、皆! そうでなくちゃいけないんダ!!」


何処か縋りつくような声でコルトは主張する。

震えあがるような化け物を倒した時、親から向けられた目はどんなものだったのだろう。

「お前もその化け物と同じだ」と実の親から言われた時、彼女はどんな顔をしたのだろう。

彼女の主張は、きっと自分自身の心を守るためのものだ。


「“普通の女の子”が帰る場所なんて、どこにもないんだヨォ!!!!」


自虐と共に放たれた拳が顔面に叩きつけられる。


だからコルトは、自分を化け物と嗤う。

誰にも頼れない孤独を誤魔化して、自分は強いと言い聞かせるように。

子供には耐えられない痛みに耐える為、そんな、辛い真似を……


「……認め、ねえ……」


「……なんで、倒れてくれないノ……!」


もはやまともな感覚もない腕を動かし、コルトの胸ぐらを掴み返す。

血が滴る、視界がぼやける、しかしそれでも言わなければならないことがある。


「百歩譲って……お前が、自分を化け物と嗤おうとしても……それは泣きながら言う事じゃねえだろ……!」


「ぁ……」


本人も必死で気づいていなかったのか、コルトの頬には大粒の涙が流れていた。

我慢なんて真似は大人がするものだ、ましてや化け物が泣くものか。

ぼろぼろと流れるこの涙こそ、加名守コルトがただの女の子だという何よりの証拠じゃないのか。


「嗤えよ! 泣くんじゃねえ、嘘を吐くなら最後まで自分を嗤え! 辛くて寂しくて、泣いちまうんならお前はただの人の子だ!!」


「ち、ちが……私は……私ハ……!」


「違わねえよ! 魔法少女は化け物でも何でもない、アオも……人間だ……!」


「おにーさんの、妹……?」


コルトの顔が驚愕にこわばる。


「妹は魔法少女……あいつは人として生き、人として死んだ……! お前を認める事は妹の生きざまを否定する事だ!」


「だって、だって私ハ……!」


「だってもナマステもあるかァ!! 少なくとも俺一人殺せねえ奴を化け物だなんて言わせねえぞ! 居場所がない!? んなもん俺がいくらでも作ったらぁ!!」


《マスター、流血してんですから頭に血登らせないで!》


「だってこいつがいつまで経ってもグズグズグズグズってよォ!!」


《大人げないなぁもう!》


いい加減イライラしてきた、全身も何もかんも痛い、何で俺がこんな目に合ってんだっけ?

頭から噴水のように血が噴き出す、さむい、あたまがくらくらする、おなかへった。


「……ホント? ほんとにホント? おにーさんは本当に私ヲ……」


「そうだよ……だいじょぶだいじょぶ、だから……あんしんしろって……」


いよいよもって限界だ、胸ぐらに掴み掛っていた手を離して前のめりに倒れ込んでしまう。


「……おれは、おまえのみかただよ……おんなのこ……」


そうして七篠陽彩は完全にその意識を手放した。



――――――――…………

――――……

――…



……背中に刺さるゴツゴツとした違和感と、差し込むオレンジ色の明かりに目を覚ます。

口いっぱいに広がる鉄の味が不味い、吹き付ける風はまだまだ冬の寒さが残る。

どこだここは、俺は確か……。


「……夕暮れの河原、か」


「ソダヨ、やっと目を覚ましたネ」


横たわったまま顔を上げると呆れ顔のコルトと目が合った。

空には夕日が差し込んでいる所を見るにだいぶ長い時間気絶していたようだ。


「魔法少女の膝枕なんていくらお金積んでも難しいサービスだヨ、感想ハ?」


「ベルトポケットが邪魔、柔らかさも足りない、もっと健康的に肉付けろ」


「鉛玉の追加サービスが欲しいのカナ?」


クシャリと触れた自分の髪の毛は白い、まだお互いに変身したままか。


《ご無事ですかマスター、ゴルドロスちゃんに魔石分けてもらって回復できましたが気分はどうです?》


「ソダヨ、お蔭で地獄の猟犬ゴルドロスちゃんにあるまじき大損だネ」


「そっか……サンキュ、二人とも」


思えば体が軽い、ただ頭がボヤっとする。

魔石での回復じゃ失った血液までは戻らないか。


「回復も完全じゃないヨ、も少し変身したままがいいネ。 魔法少女の方が治癒力も高いカラ」


「ああ、分かった。 それで気分はどうだ、ゴルドロス」


「……まだ半々くらいだヨ、おにーさんの言い分も半分くらいだけ認めル」


膨れてそっぽを向いたコルトは苦々しげに吐き捨てる。

半分だけか、先はまだまだ長そうだ。


「ならしゃーない、もう半分は気長に説得するよ。 俺さ、喫茶店で働いてんだ、いつでも飯食いに来いよ」


「ン、気が向いたらネ……ねえ、おにーさんの妹さんってサ」


「……ああ、数年前に死んだよ。 七篠月夜ななしのつくよ、良くできた妹だった」


今は亡き妹の事を思う、あの日から一度だって忘れた事はない。

そういえば月夜も魔法少女になると白髪になっていたっけ、こんなくすんだ白ではなく白雪のように綺麗な色だった。


「ソッカ……愛されていたんだネ、妹さん」


「ああ、家族の愛情なんてそうそう途切れるもんじゃない。 お前の両親だって、きっと……」


「……ごめん、それはまだ難しいヤ」


「ゆっくりでいいさ。 ただ今のままだとお前、そのうち無茶して死にそうでな」


《マスターが言えた義理じゃないと思いますけどねー》


ははは、あとでスマホ握りつぶそう。


「……ねっ、今からおにーさんのお店行ってもいいカナ?」


「えっ? 別に構わないけど今日は休み……」


「よーし、そーと決まればGOGO!」


こちらの返事を待たずしてコルトは俺の腕をひっつかんで跳躍する。

忘れていたが魔法少女の身体能力とはすさまじいもので、一跳びで先ほどまで寝転がっていた河原が遥か下の景色に変わる。


そして一つ、新たに分かったことがある。

自分の意思ではなく、他人任せで宙を跳ぶのはかなり怖い。


「あ、ちょ、ま゛っ! コルト! 急がなくていいから! 俺一回変身解除しないといけないし、一回降りよう! なっ!?」


「AHAHAHA! 遠慮しなくていいヨー! これネー、オトコジマも泣いて喜んだアトラクションだヨー!」


ああそうか、やっとわかった。 男島のおっさんが怯えていたわけが。

あのおっさん、高所恐怖症だったっけ……


「おおおおおおろおおおおおおおしいいいいいいてええええええええぇぇぇぇぇ!!!!」


そして初春の夕焼け空に2人の影と1つの悲鳴が混ざって消えて行った。

追記することがあるとすれば、着地も実に乱暴なものだった事かな。

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