第60話
「保世屋くん、野島さん、きてくれてありがとう」
「いやぁ。僕たちが見学にこれるなんて、守さんのおかげだよ、なんか凄いドキドキするお芝居だね」
「ほんと! 公演が楽しみだわ」
僕は少しだけ照れくささもあったけれど、不思議と芝居になると全てを忘れられた。
演じるときは春原守というよりはその役になってるから僕じゃないとどこかで思えるからだ。
「明子だけじゃなくて、慶子も烏丸もあとからくるからね!」
「あれ? 水鳥さんは?」
「彼女は例の『同性愛者の脳の構造と遺伝子について』の卒論に集中してるから、今回は本番のお芝居を楽しみにしてるって」
「そっか。嬉しいな。きてくれるんだね」
水鳥碧さんは大学生で今卒論で忙しい。テーマがテーマで僕もとても興味があるのだけど。
「ちょっと、あんたたち邪魔よ!」
僕らが話している間をさも邪魔そうに目つきの怖そうな女性、瀬菜さんとその取り巻きが押し入るように入ってきた。隆二のファンクラブでいうところのアゲートとかいう人達だ。相変わらず彼女の傍には金メッシュくんもいて、ガムを噛むのが余程好きなのか口をもぐもぐさせている。
そして観覧席の一番いいところに座った。
「おはようございます」
僕は彼女にもにっこりと微笑んだ。
何故か金メッシュくんは僕に心を開いてきてくれてるみたいで軽くひらひらと手を振ってくる。
彼女は僕を一瞥したけれど、前みたいにあまり攻撃的な言葉は浴びせてこない。
隆二にお願いしますとかって言われてたからかな。
僕は保世屋くんたちと目が会うと彼らもにっこりと微笑んでくれた。
「僕らがついてるから、大丈夫だよ」
「ありがとう、みんな……ほんとにどうお礼を返したらいいのか……」
僕は最初のスパルタや、ここ最近気持ちの浮き沈みが大きかっただけに、どうも涙もろくなってしまってるらしい。
みんなの姿がじんわりと滲んでくる。
「んもう、守くんは泣き虫なのね。うふふ。お礼はお芝居で返してくれればいいよ」
野島さんがにっこりと微笑んでくれた。
そうだ。みんなに僕のお芝居を見てもらうのが恩返しなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます