俺は全てを撃ち殺す
落光ふたつ
第1話「shot」
「お前、人見知りしすぎ!」
「はあ? 普通に出来てただろー」
男子トイレから出て来る生徒二人。手は濡れている。
乾かそうと両手を振れば、その水滴は周囲へと散った。
——ぴちょ。
同じ新入生。聞こえた声から強張った名乗りを思い出す。
丁度、トイレへと入ろうとした
そんな悪感情を抱かせた相手——すれ違う同級生の顔を横目で見て、ぼそりと呟く。
「……ショット」
その瞬間、彼は撃ち殺した。
自分を不快にさせた相手を。
「いや、語尾変な跳ね方してたぞ?」
「え、まじで……?」
——脳内で。
優はそのまま、トイレへ入り用を足す。苛立ちは消えていないものの、いつもの儀式じみた言動でどうにか区切りをつけていた。
それは癖のようであり、自身を保つ遊びでもあった。
視界に入った人物を見据えながら「ショット」と呟く。するとそいつは死ぬ。俺最強。
イタい思考回路から脱せないまま今日、進学した高校一年生である。
力を手に入れ——思いついてから、今までに百を超える人は撃ち殺して来た。いやもしかしたら回数だけで、大台には達していないかもしれない。思い返せば、三分の一ぐらいは担任に向けていたような気もする。
説教する禿げ頭がフラッシュバックして顔をしかめる。撃ち殺してやりたかったが、自分の力は視界に入った人物でないと発揮出来ないのだ。
万能な力などないんだなぁ。
自分のさじ加減にも関わらず感心しながら、優は教室へと向かった。
今日は入学式。既に式は終え、ホームルームも済んでいる。大半が帰宅の準備を整え、それ以外は優のように尿意を解消に出向いていた。
まだ初日であるし、仲良くなった人も話しかけたい人もいない優は、これからまっすぐ帰路へ。
そもそも誰かとつるむ気もあまりない。一人の方が気楽だ。
昼食は母が用意してくれているだろうか、とぼんやりと考えながら廊下を歩いていると、不意に視線を感じた。
「へー、十石中なんだー」
「まあ二年生からだけどね」
「結構知り合い多いんじゃない? あたしの中学ちょっと離れたとこでさー」
二人組の女子。皺一つ見つからない制服は自分と同じ新入生の証。その内の右方。
純黒の長髪に汚れを知らない柔肌。目じりは少し下がり気味で、緩んだ口元には嫌味のない微笑みが浮かぶ。動きは控えめで、得をしてきただろう容姿をより引き立てた。
そんな彼女が、会話の合間を縫ってチラリとこちらを見ては、笑みを深めている。
それはまるで、誘惑をするみたく。
「……っ」
優は反発して視線から逃げ、足を止めないようにした。油断したら、向けられた魔力に囚われてしまうと思った。
好奇心でもう一度顔を上げれば、また彼女はこちらに不可解な表情を見せた。
顔は初めて見る。けれど同じ階にいるのなら同学年か。取り巻きの女子も合わせて別クラスに配属されているのだろう。
だからと言って彼女の真意は読み取れない。もしや、男を誑かす魔女の類だろうか。
……魔女なら悪だ。害は殺すべきだ。
またもや癖。何かと理由をつけては力を行使したがっていたのだ。
暫定魔女とすれ違う直前、優は顔を上げて引き金を引く。
「……ショット」
聞き取られないように、最小限に。
魔女を撃ち殺す。
思考内で、綺麗な顔が爆ぜるその直前、
「ばーりあ。効かないよ?」
耳にかかった吐息が、放った弾丸の結末を吹き消した。
「!?」
とっさに振り向くも、探した瞳は後頭部に隠れている。
「
「ううん? なんにも言ってないよ」
——来栖さん。
聞こえて来た名前が鮮明に、頭の中に刻まれる。
そんな風に呆けて足を止める優をいくつもの視線が不思議がり、気付いた彼は羞恥で急ぎ教室へと戻っていく。
……やはり魔女だ!
公にしていない自分の力を無効化した。心でも読めるのだ。
左耳に残る残響が、胸を高鳴らせている。
それは、未知を前にした歓喜だった。
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