その他大勢の勇者たち

右中桂示

第1話 魔王

 二十一世紀、某月某日。日本時間では深夜未明。

 その瞬間に、何の前触れもなく突然起こった「ある現象」を地球上に住む全人類が一斉に経験した。人種も年齢も性別も、起きていようと眠っていようと関係無く、全くの同時に。


 その「現象」の内容とは、暗く陰気な景色と不気味な怪物の映像、それから威厳に溢れた渋い声が脳内で再生されるというものだった。




『ゴホン。聞こえておるかな、異界の民よ。

 我は魔界を統べる王である。

 突然の事に驚くであろう。信じられぬであろう。

 だが、だからといって耳を塞ぐなどという選択は勧められぬ。

 こちらの用件は既に済んでおる。この話は単なる報告に過ぎぬのだ。

 死を受け入れるのなら構わぬが、生を望むのならば耳を傾けるがよい。

 それでは本題に入ろうか。


 なに、話は簡単だ。我々を楽しませてくれればそれでよい。

 我々は血と闘争と享楽に飢えておる。諸君ら異界の民に求めるものはそれなのだ。

 具体的に言おう。我等がしもべたる魔物との闘争を、娯楽として提供して欲しいのだ。命を賭した、正真正銘の闘争ころしあいをな。

 無論、闘争に必要な用意はある。一方的な殺戮は我々とて望んでおらぬ。

 そちらの世界には我が改変の呪をかけた。これにより諸君らの魂を魔界に召喚し、戦士の姿を与える。この姿ならば魔物とも渡り合えるであろう。

 僕への手加減は無用。存分に切り捨てて構わぬ。見事討ち果せたならば、諸君らの世界に帰そうぞ。

 ただし期限は無制限である。召喚は幾度とも知れぬ数になるであろう。

 これで要求は以上だ。娯楽以外は特に求める事は無い。普段は以前通りの生活を送るがよい。

 だがそれ以上諸君らの協力に報いる事は出来ぬ。

 理不尽に嘆くがよかろう。身勝手に憤ればよかろう。それもまた我々の娯楽となるのだ。

 生き残りたくば、抗え。戦え。勇気を見せよ。

 異界の者たちよ、どうか我々を楽しませてくれ。諸君らの健闘を祈っておる』




 この一方的な「通告」は、どんな言語圏にいる人物だろうと意味の通じる、不思議な音声で与えられた。

 ただし、意味は通じたとしても、内容までは理解されない。支離滅裂な内容なのだから当然だ。


 ある者は疲れからくる幻覚と判断し、ある者は不可思議な白昼夢と受け取り、またある者は単なる夢と切り捨てた。


 だが、その日の内に世界は知る。

 語られた内容はその全てが現実なのだと。

 世界は改変され、異界の「娯楽」に強制的に巻き込まれてしまったのだと。

 生き残りたければ、このあり得ない現実を受け入れて戦うしかないのだと。


 こうして始まった「魔界の娯楽」――後に「エンカウント」と名付けられたそれは、強制的に日常の一部となり人々の生活を大きく変える事になるのだった。

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