第68話 引き継ぐ?

「さて、どこから話したら良いのでしょう…」


 レイラが頬に軽く手を当て、困ったような表情で、視線を上に彷徨わせる。やがて、答えが出たのかアリアの方を向いた。


「初めから話した方が分かりやすいでしょう。アリアとクロちゃんもよく聞いてくださいね」


「分かったわ。ほら、クロもちゃんと聞きなさい。あなたが言い始めたんだから」


 我はアリアに持ち上げられ、膝の上に抱かれる形になった。


「初めに、アリアは知ってるでしょうけど、この国、バルバド二ア竜王国の成り立ちについてです」


「成り立ちって、王様がドラゴンの王様と契約したってやつ?」


「そうです。それまではドラゴンやモンスターが暴れて、とても人の住める土地ではなかったそうです。それをバルバド二アの初代国王がドラゴンの王と使い魔契約を結ぶことで、人とドラゴンの間に交流が生まれ、ドラゴンと条約を結ぶことによってこの地に安寧をもたらしました。このことが、王がこの国を治める根拠になっています。私達がこうして平穏に暮らしていけるのは、国王陛下のおかげなのです」


 ドラゴンか。いつか見たワイバーンよりも更に大きく強いと聞く。人が御せるとは思えない怪物なのだろう。そんな奴らと条約を結び、人を襲わないと約束させたのなら、その初代国王とやらは凄まじい偉業を成し遂げたと思う。だが…。


「凄いのはその初代国王で、今の王ではない。何故、今の王に従うのだ?」


「そうよ!私もそれが分からないの!」


 アリアも同じ疑問を持っていたらしい。


「それは、人間が引き継ぐ生き物だからです」


 引き継ぐ?なんだそれは?


「初代国王の地位や功績を今の国王は引き継いでいます。だから偉いんですよ。特に竜王国の国王はドラゴンの王との使い魔契約も受け継いでいますから、強さという意味でも抜きん出ています」


 猫の場合、ボスの子が次のボスになるわけじゃない。完全な実力主義だ。だが、人間の場合違うらしい。


「貴族も同じですね。貴族の先祖は、戦争で活躍したり、暴れ川を治水したり、優れた発明をしたり、ハンターとして活躍したり、各分野で優れた功績を上げて認められ、貴族になっています。その地位や功績、財産を引き継いでいるわけです」


「そうなんだ…。でも王様やお貴族様ばっかり引き継いで狡いわね」


 アリアが軽口をたたく。


「平民も引き継いでいますよ」


「そうなの?」


「平民という地位と、親の家や畑、財産を受け継いでいるじゃないですか」


「あー、なるほど」


 アリアが納得したのか頷く。


「もっとも、受け継ぐのは良いことばかりじゃありません。悪いこと、借金や罪なんかも受け継ぎます。アリアも奴隷を知っていますね。奴隷の子は生まれた時から、自身は罪を犯してなくても奴隷です」


「それは、なんだか可哀想ね…」


「そうですね。ですが仕方ありません」


「少しいいか?」


 我は話に割って入る。人間が受け継ぐ生き物だというのは分かったが、疑問がある。


「親が優れていたとしても、子が凡庸だったらどうするのだ?能力の不足で問題は起きないのか?」


「今のところ大きな問題は起きていませんよ。皆さん、跡を継ぐ子供の教育はしますから。この教育も受け継ぐのに重要な役割を果たしています」


「と言うと?」


「そうですね…。アリア、明日からアリアが王様です。と言われて、王様ができますか?」


 レイラが突然アリアに話を振る。どういう意図があるんだ?


「え!?無理よ無理無理。王様が何をするのかも分からないもの!」


 アリアがブンブンと首を振る。


「王になるのに、貴族になるのに、必要な教育は違います。平民でも違いますよ。商人、農民、兵士、鍛冶師、薬師、それぞれ必要な教育が違います。親の跡を継いだ方が効率が良いのですよ。小さな時から親の姿を見て学べますから」


「なるほど」


 これは分かりやすい。猫も親の行動や仕草を真似して学ぶ。人間もそうらしい。


 その後もレイラに人間の習性について教わる。猫との共通点もあれば、人間独特のものもあって、聞いていると意外と楽しい。我の疑問も晴れて大満足だ。



 ◇



 学院のグラウンドをトボトボと歩く。最初は走っていたが、息が切れて走れなくなってからは歩いている。だいぶ呼吸も落ち着いてきた。走れなくはないが、このまま歩いて行こう。別に急いでいるわけでもないし、目的地があるわけでもない。我は今ダイエット中なのだ。


 我が何故ダイエットなんてことをしているかと言うと、アリアが原因だ。


「太り過ぎは体に良くないのよ。運動しなさい!運動しないならご飯抜きよ!」


 横暴だと思う。少しくらい太っていても良いじゃないか。だが、今の我はアリアから見てダメなラインまで太ってしまったらしい。たしかに、体は一回り大きくなったような気がするし、輪郭も丸くなった。体が重いと感じる時もある。しかし、体が大きくなることは良いことだし、太ったことで王として風格が出てきた気がする。我は今の体型を割と気に入っているのだ。


 そんな我が何故ダイエットに励んでいるのか。それは飯の為だ。流石にご飯抜きは辛い。我も自分で飯を調達すれば、運動など面倒なことをしなくて済むと考えないではなかったが、今更ネズミや虫などを食べる気にもなれなかった。それくらいアリアの用意する飯は美味い。仕方ない。運動するか…。


「あぁー…」


 体がだるい。足が疲れて重い。もういいんじゃなか?もう十分運動したんじゃないか?我は期待を込めてアリアの方を見る。


 アリア達、4人はまだ長い棒を振り回していた。別に遊んでいるわけではない。棒術の訓練だ。今は二組に分かれて棒を打ち合っている。実戦形式というよりも、型の確認をしているようだ。


「はぁ…」


 まだ終わる気配のないアリア達を見て、我はため息を漏らす。まだ歩き続けねばならんのか…。アリアとの約束は、棒術の訓練が終わるまで運動をすることだった。もう日も暮れてきたし、終わっても良いと思うんだがなぁ…。


 その時、アリア達の方から何か走って来た。赤い猫だ。たぶんリノアだろう。元は白猫なのだが、今は夕日に照らされて赤猫に見える。リノアは我と歩調を合わせると、歩きながら身体を擦り付けてきた。


「さっきからグラウンドを行ったり来たり、何をしているんですの?」


 リノアが我の首元にじゃれつきながら聞いてくる。


「ダイエットだ」


「ダイエット?ヒルダがたまにご飯を食べる量を減らしてるアレですの?」


 ヒルダもたまにダイエットしているのか。太ってるようには見えないが…ダイエットする必要あるのか?しかし、ダイエットには運動だけでなく、食事を減らす方法もあるらしい。我の飯は大丈夫だろうか?減らされたりしないよな!?


「痩せることをダイエットと言うらしいぞ。我もこうして運動して痩せなくてはならんそうだ」


「そうなんですの。わたくしは、その、えっと、今の姿もす、素敵だと思います、よ?」


「だよなー」


 アリアはこの姿の何が気に入らないのか謎だ。貫禄があって良い気がするのだがなぁ。

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