第65話 アリア視点 私にはそれが歓声のように聞こえた

 ガタゴトと揺られ、馬車はヒルダ様のお屋敷へと進んでいく。馬車って外から見る分には優雅だけど、実際に乗ってみると、すごく揺れて全然優雅な気分に浸れない。なんだかお尻も痛くなってきたし。


 でも、そんなこと気にならなくなってきた。正確には、気にする余裕が無くなってきた。これからお貴族様のお屋敷に行くのだ。お貴族様に会うかもしれない。緊張してきた。緊張からか、体温が少し上がったような気がする。少し汗もかいてきた。私、すごく緊張しているみたい。


「アリア?どうしました?」


 正面に座ったレイラが声をかけてくれる。


「なんだか緊張しちゃって」


「そんなに緊張しなくても。あら?アリアさん顔色が悪いわ」


 顔色にまで出ちゃってるらしい。ルサルカも心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫?」


「大丈夫よ。ちょっと吐き気がするくらいで…」


 と言った瞬間だった。今まで私の膝の上で丸くなっていたクロが、飛び起きると対角線上に座っていたヒルダ様の膝までジャンプして行ってしまった。


「我に吐きかけてくれるなよ!」


 なんて薄情な猫なのかしら。主の心配くらいしなさいよ!


「吐き気…気分はどうですか?」


「少し気持ち悪いかしら…」


「ヒルダ様、これって…」


「…酔ったのかしら?窓を開けて空気の入れ替えをしましょう」


 酔った?


「私、お酒なんて飲んでない…」


「乗り物に乗ると、時折酔った様に気分が悪くなることがあるんです。アリアはきっとそれですね」


 レイラが窓を開けながら答えてくれる。そっか、そんなことがあるんだ。窓が開くと、途端に冷たい冬の空気が馬車の中に入ってきた。でも、火照った体に気持ちいい。少し気持ち悪さが引いた気がする。


「屋敷までもう少しですから。馬車を止めてほしくなったら遠慮無く言ってください」




 私は気持ち悪さを緩和する為に、窓の外へと視線を向ける。此処がお貴族様達が住んでる貴族街なのね。でも、どの家も塀に囲まれていて、中の様子は窺い知れない。塀ばかり見ててもつまらないわね。私は馬車の中に視線を戻そうとした時、塀の上に猫の姿を見つけた。寒いのか、猫は体を縮こまらせて、まるでボールの様に丸くなっていた。あ、また猫。え?猫多すぎない?この屋敷の塀にだけ、猫が集まっている。何かあるのかしら?


「着きましたわ」


 馬車が猫の集まっている塀のお屋敷に入って行く。ここがヒルダ様のお屋敷?お屋敷の門をくぐると、庭が見えてくる。庭にもたくさんの猫の姿が見えた。


「なにこれ?」


「わー、猫ちゃん達がたくさん!」


「すごい!」


「すごいでしょう。クロと約束してから、屋敷に猫が集まるようになったのです。おかげで、近隣からは猫屋敷と呼ばれるようになりましたわ」


 クロとの約束。クロはヒルダ様に助けた褒美を求めた。自分から褒美をねだるなんて厚かましいにも程があるけど、ヒルダ様は笑顔で了承していた。褒美の内容は、猫達に餌をあげること。でも、こんなにたくさんの猫に餌をあげるなんて大変ではないだろうか。


「その、ウチのクロがすみません。負担じゃありませんか?」


「いいえ、我が家の負担にならない範囲で行っていますので心配ありませんわ」


 ヒルダ様は笑顔を浮かべている。大丈夫っぽい?クロを見ると、ヒルダ様に撫でられて気持ち良さそうに喉を鳴らしていた。暢気か!あなたも当事者意識を持ちなさいよ!あなたが始めた事でしょ!


「さあ、着きましたわ。降りましょう」


 ヒルダ様に続いて馬車を降りると、たくさんの猫が馬車の周りに集まっていた。すごい注目されている。私達に興味津々みたいだ。いや、私達と言うより、クロに視線が集まっている。よく考えたら、この猫達ってクロが集めたのよね。これだけの数の猫を集めるってすごいことなんじゃない?猫達がクロを見ながらミーミー囁き合っている。何話してるんだろう?


「うむ!我が王様である!!」


 突然、クロが王様宣言をする。何?どういうこと?混乱する私に叩きつけられたのは、ニャーニャーミャーミャーの大合唱だ。クロの王様宣言を聞いた猫達が一斉に鳴き出した。私にはそれが歓声のように聞こえた。


 王様。たしか、ヒルダ様を助ける時もクロはそんなことを言っていた。「我は猫の王様である」って。あの時もクロの一声でたくさんの猫が集まった。猫の王様って何なの?クロって何者なの?


「静まれ!」


 クロの言葉に、猫達が一斉に静かになる。すごすぎて怖くなるくらいの統率力だ。え?猫ってもっと自由気ままな生き物じゃないの?何よ?これ。


「話はあちらで聞こう。ではな、アリア。我は視察に行ってくる」


 クロが猫達を率いて歩いていく。その姿は確かに王者のそれに見えた。猫達がクロに従っている。クロの影響力はいったいどれ程のものなのだろう?クロに従ってるのはここの猫だけ?でも、この前は学院の前に更に多くの猫を呼び寄せてみせた。いったいどれだけの数の猫を従えているの?クロの影響力は、私が考えている以上に大きなものかもしれない。


「何だったんでしょう?一斉に鳴き始めたと思ったら、急に静かになって…」


「分かりませんわ。今までこんなことは無かったのですけど…」


「お嬢様!ご無事ですか!?」


 突然、男の人の声が聞こえてきた。見ると、小太りのおじさんが、足を引きずりながらこちらに向かってくる。


「パウロ!ええ、何ともありませんわ」


「はぁー良かった。猫達が突然お嬢様方を包囲するものですから慌ててしまいました」


 やって来たのは優しそうな顔をしたおじさんだった。誰だろう?


「おっと、ご挨拶がまだでした。お帰りなさいませ、お嬢様。お嬢様方もようこそおいで下さいました」


「ええ、ただいま帰りました。紹介します。こちらはパウロ。家の庭師で、本日の先生ですわ」


 先生?ってことは元ハンター!?この冴えない感じのおじさんが!?太っているし、お腹もポンと出ているし、足も引き摺っていた。とてもハンターをしていたようには見えないんだけど、大丈夫かしら?

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