第38話 これは…!
太陽が完全に沈み、燃えるように赤かった空も、次第に暗闇へと沈んでいく。暗闇に支配された夜の道を、アリア達は小さな明かりを灯し、歩き続けていた。彼女たちが目指しているのは、目的地であるサンベルジュの街だ。夕方、野営の準備を行う彼女たちに、レイラの使い魔のキースが、街が近くにあることを伝えたのだ。どうせなら、しっかりした場所で寝たいということで、アリア達は野営の準備を取り止め、街を目指すことに決めた。
「街の明かりが見えましたよ。あと一息です」
小高い丘を越えると、街の明かりが見える。小さな光がいくつも輝き、まるで地上の一角に星空が現れたようである。アリア達は街の明かりを見るとホッと安堵した表情をして、歩く足を速めた。丘から街までは早かった。早速、街に入ろうとしたところで、門番に止められてしまう。
「と、止まれー!」
どこか緊張したような静止の声に、アリア達は大人しく従った。なんかオマルハマでも同じようなことがあったな。門番の内、二人がこちらに近づいてきた。
「見た所、使い魔のようですが…確認します」
門番の一人が恐る恐るイノリスの首に巻かれた使い魔の証を確認する。その間にもう一人の門番がこちらに話しかけてきた。
「学院の生徒だな?もう知っているかもしれんが、使い魔が人に危害を加えたり、器物を破損した場合、使い魔の主の罪となる。気を付けることだ」
イノリスの使い魔の証を確認し終えた門番が、今度は我やリノア、キースの物も確認していく。
「確認終わりました。問題ありません」
「よし、では通っていいぞ。使い魔の行動には注意を払うように。くれぐれも事件など起こさんようにな」
漸く街の中に入れた。街の中に入ると、今まで嗅いだことのない匂いがした。何の匂いだ?塩っぽいような生臭いような匂いだ。
「まずは先生への到着の報告でしょうか?集合場所は何処だったかしら?」
「たしか中央広場だったと思います。日が暮れからだいぶ経っていますが、まだいらっしゃるでしょうか?」
「とりあえず行ってみましょ」
中央広場は丸い空間だった。広場の周囲を背の高い建物が囲み、まるで切り取られたように丸い空間が広がっていた。丸い広場の中央を十字に道が通り、道の左右には屋台が並んでいる。屋台から漏れた光が広場を照らし出し、夜だというのに広場の中は明るかった。人通りも多く、たくさんの人が行き交っている。人通りが多いというのに、我らの周りはポッカリと穴が開いたように人気がない。王都でも、オマルハマでもそうだったが、イノリスを恐れて人が寄り付かないのだ。自分が避けられていることに気が付いているのだろう、イノリスは少し寂しそうだ。
「こんなに大人しくしててかわいいのに!ねーイノリスー!」
イノリスにまたがったルサルカがイノリスの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「歩きやすくていいわ。これもイノリスのおかげね」
イノリスを元気づけようとアリアも声をかける。
「思ったよりもたくさんの人がいますね」
「この中から先生を見つけるというのは…難しいかもしれません。また明日に出直しましょうか」
その時、遠巻きにこちらを見ていた人垣から、一人の人間が近づいてきた。
「「先生!」」
「やはり、ルーデルチ君の使い魔が騒ぎの原因だったか。四人とも思ったよりも早く着いたね。ここではなんだ、こちらに来たまえ」
先生の後に続いて、広場の通りを外れ、広場の隅の方へとやって来た。
「先ほども言ったが、予想よりも早い到着で驚いたよ。班長はユリアンダルス君だったね。これを受け取りたまえ」
「こちらは何でしょう?」
「追加の資金だ。使い道は自由だよ。その資金でサンベルジュを楽しむのもありだ」
ヒルダが先生から追加の資金をもらった。その金でチーズ買ってもらえないかな?また頼み込んでみるのも、ありかもしれない。その後、先生からいくつか連絡事項を伝えられ、先生はどこかに行ってしまった。
「追加の資金ですか。いくら入ってるんでしょうね」
「それなりに入っているようですが、ここで数えるのも…まずは宿を取りましょう」
オマルハマの時とは違い、宿探しは難航した。部屋がいっぱいだったり、イノリスが泊まる馬小屋がなかったり、四軒目でやっと泊まる宿が決まった。宿を探すのに時間がかかり、遅くなっていた夕食が、更に遅くなってしまった。もう空腹に腹が背中にくっつきそうだ。
「アリア、我は腹が減ったぞ…」
「私もよ。宿が決まったなら、先にご飯を食べに行きませんか?」
「そうですね。ご飯にしましょうか。わたくしもお腹が空いて倒れてしまいそうですもの」
「もうあそこでもいいから早く食べたい…」
ルサルカの指さす方向を見ると、ひらけた造りの一軒の酒場があった。
「では、そうしましょうか」
「まぁ、よろしいのですか!?」
レイラが驚いてヒルダに尋ねる。
「構いませんわ。何事も経験です」
そう言うと、ヒルダは酒場へと入っていった。アリア達も顔を見合わせた後それに続く。
ガタッ!
我らが酒場に入ると、店の中の人間の視線が我らに集中する。正確にはイノリスに集中した。イノリスを見た瞬間、ある者は椅子を蹴飛ばして立ち上がり、またある者はジョッキを口に付けたまま固まり、口の端から酒が零れるままにしている。それまでバカ騒ぎしていた声が静まり返り、静寂が辺りを包む。皆、凍ってしまったかのように身動き一つせず、イノリスの動向を見つめていた。
まるで時が止まった店の中をただ一人進む影がある。ヒルダだ。ヒルダは周りの異様な雰囲気など目に入らないかのように店の中を進み、空いているテーブル席に腰を下ろした。我らもヒルダに続いてテーブルを囲む。
「オーダーよろしいかしら?」
「はイッ!」
先程まで客席を縦横無尽にクルクル回っていた給仕が、おかしな音程の返事をして、ギクシャクした動きでこちらに向かってくる。イノリスが怖いのか、わざわざ遠回りしてヒルダの所にやって来た。
「あの…!噛みませんか…?」
「噛みませんわ。大人しい良い子ですのよ?」
その言葉が聞こえたのか、固まっていた人々がゆっくりと動き出す。
「見ろ、使い魔だ」
「使い魔?貴族がどうしてこんな店なんかに…」
「俺は帰る…!」
周りの人間が静かに騒ぎ出すが、我にはどうでもいい。そんなことよりも、今は飯だ。もちろん、頼むのは肉とチーズだ。この至高の組み合わせに勝てる物があるとは思えない。しかし、そんな我に待ったをかけたのがヒルダだ。
「サンベルジュは海の街。海産物が王都の物より新鮮で美味しいですわ。それを食べないなんてもったいない」
その言い分にアリアが頷き、我の前には焼かれた魚が置かれている。あぁ、我の肉とチーズが…。まぁ頼んでしまったものは仕方がない。食べるか。
これは…!
まず驚いたのが、柔らかさだ。焼かれたというのに柔らかく、中は瑞々しい。味は淡泊だろうか、薄味だ。だがしっかりと味はある。今まで食べたものでいうと、鳥肉のささみが一番近い味かもしれない。だが、ささみよりも柔らかく、噛む度に口の中で魚が解け、旨味が口の中に広がっていく、ほのかに感じる塩の味が、魚の味を引き立てている。
次に驚いたのが、脂だ。この魚、脂がのっている。この脂が美味い。肉の脂のように重厚ではなく、あっさりとした口当たりの脂だ。いくらでも食べられる。
この魚は美味い、今まで食べた魚は何だったのかというくらい美味い。気が付けば魚を食べ尽していた。
「アリア、おかわりだ!」
「はいはい。美味しかったでしょ?」
「うむ」
気が付けば、チーズが食べれなかった無念など、どこかに吹っ飛んでしまっていた。我は魚を腹いっぱいになるまで食べ尽したのだった。
夕食を終えた我らは宿の部屋へと帰って来ていた。うっぷ、すっかり食べ過ぎてしまったな、歩くのも億劫だ。我は藁のベットに飛び込むと、身体を横たえる。
「追加の資金はかなりありますね。帰りは船に乗ることが解禁されました。船に乗ろうと思いますが、皆さんいかがですか?」
「私は賛成です」
「歩くのはもう疲れたわ。足も痛いし」
腹を満たしたら眠たくなってきたな。今日はもう寝てしまおう。
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