第31話 楽ができるならすればいいのに

「そろそろお昼かしら。皆さん、あの木の木陰でお昼ご飯にしましょう」


 真上に差し掛かった太陽を睨み付けたヒルダが判断を下す。確かにそろそろお昼だ。我の腹時計も鳴っている。木陰に着くとアリアとレイラがすぐに座り込んだ。どうやら疲れているようだ。アリアがだらしなく寝そべり、普段は姿勢が綺麗なレイラも、今は姿勢が乱れている。一見平気そうに見えるヒルダも木に体を預けて休憩している。元気なのは、イノリスに乗っていたルサルカぐらいだ。


「はぁ、はぁ。歩いていると、この季節でも、暑いものですね」


 レイラが手で顔を仰いでいる。


「水が飲みたいわ。クロー、水出してー」


「今朝買ったお肉とサンドウィッチも出してくださるかしら?」


 水の入った樽と今朝買ったものを出していく。するとアリアが早速樽の水をコップに入れて飲み始めた。


「うぅーん…この味、慣れないわね」


「元々のこの樽に入っていたお酒の味でしょうね。酒場で中古の物を買いましたし」


「氷で冷たくすると多少和らぎますよ」


 この樽の水は変な苦みがあって我も苦手だ。だが、水はこの樽に入ったものしかないので我慢して飲んでいる。近くに川も流れているが、川の水は茶色く濁っていた。茶色く濁った水よりマシだろう。



「皆さん手は洗ったかしら?では昼食にしましょう」


 待ちに待った昼食だ。我の前に置かれたのは、白く茹でられた鳥肉だ。リノアとイノリスの前にも同じ物が置かれているようだ。イノリスの前には我のとは比較にならない程大量に置かれていたが。

 鳥肉にガツガツと齧りつく。齧りつき、食いちぎり、咀嚼する。大きな肉の塊を食べるのは割と大変だ、うまいからどんどん食べちゃうがね。見ると、ヒルダが鳥肉を細かく裂いてリノアに与えていた。なにそれ優しい。アリアに目を向けると、サンドウィッチを食べるのに夢中だった。この優しさはアリアには無いものだな。はぁ…。




 食後はゆっくりするようだ。皆、思い思いにくつろいでいる。


「お茶が飲みたくなりますね」


「気持ちは分かりますけど、お茶の葉がありませんわ」


「はい。ですからただの愚痴です」


「愚痴ですか。そうね、でしたらわたくしは、お茶を飲みながらお菓子をいただきたいかしら。こんなにのどかな雰囲気ですもの、お菓子とお茶を片手にこのままここにいたいですわ」


 レイラとヒルダが見つめあって笑いあっている。よく分からんな。二人だけで通じ合っている。イノリスの方に目を向けると、横になったイノリスにもたれかかるようにアリアとルサルカが横になっていた。もしかしたら眠っているのかもしれない。


「ですが、そうも言ってられません。これは野外学習ですもの。名残惜しいですけど、そろそろ出発いたしましょう」


「そうですね。二人を起こしてきますね」


「お願いします」


 出発するようだ。レイラが二人を起こし、出発を告げている。我も荷物をまた影の中にしまっていく。出発の準備はすぐに整った。我は未だ横になっているイノリスによじ登る。一応声はかけておくか。


「リノア、イノリスに乗るなら早くしろよ」


「はい!」


 どうやらリノアも乗るらしい。


「あれ、ルサルカ、イノリスに乗らないの?」


「あたしばっかり楽するのもねー。アリア乗る?」


「乗りたい気持ちはあるけど、もうちょっと自分でがんばってみる」


 ルサルカは今回イノリスに乗らないようだ。楽ができるなら楽をすればいいのに、おかしな奴だ。結局、今回は人間はイノリスに乗らないようだ。




「準備はいいかしら?では出発しましょう」


 一行は川沿いの道を歩き始める。休憩を取ったばかりだから、皆の歩調は元気だ。どんどんと進んでいく。


「私たち以外、歩いてる人っていないわね」


 言われてみると確かに、前を見ても後ろを見ても、歩いている人の姿は確認できなかった。西門を出る時はたくさん人がいたのだが、あの人達はどこに行ったのだろう?


「サンベルジュには船で行った方が早いですから。人も物も主に船で移動しているようですよ」


 川を見ると、今も三隻の船が川を行き来している。アレに乗って移動できるわけか。確かに我らが歩くよりも早い速度で川を移動している。


「ですが、今回の野外学習では、船に乗ることは禁じられています。歩くしかありませんわね」


 誰かが残念そうにため息をつく。


「私達は恵まれている方ですよ。猫ちゃんの魔法で荷物は持たなくてもいいですし、疲れたらイノリスに乗せてもらえるんですから」


「そうね。他の班とかどうしてるのかしら?大きな荷物を持っていたけど」


「担いでるんじゃないの?」


「それは…大変そうね…」


 しゃべりながらもどんどん道を進んで行く。景色にも変化があった。いつの間にか緑の絨毯は消え失せ、赤茶けた大地が顔を出している。遠くの方はまだ緑の大地や森があるのに、川の周りだけ草木が生えていなかった。




「ふぅ。一度休憩しましょう。お話したいこともありますし」


 休憩と聞いた瞬間、アリアとルサルカが地面に座り込んだ。


「はぁー疲れた。クロー、水ー」


「あたしも水ー」


 やれやれ。我はイノリスから飛び降り、アリアの前に水の樽を出してやった。


「それでヒルダ様、どういったお話でしょう?」


「その前にルサルカさん。本当にイノリスに乗ってもいいのですか?」


「大丈夫だって言ってるよ。ただし二人までだって」


 ルサルカがイノリスと相談して答える。


「そうですか。でしたら、一人ずつ交代でイノリスに乗せてもらいましょう」


 ヒルダの考えは、一人ずつイノリスに乗って休憩して、皆の体力を温存しようというものだった。良いのではないだろうか。問題はイノリスの体力だが、二人までなら大丈夫と言っているし、たぶん平気だろう。




 休憩も終わり、また歩き始める。最初にイノリスに乗るのはヒルダだった。ヒルダはイノリスに対して横向きに、まるで椅子に腰掛ける様にイノリスに乗っている。


「けっこう揺れますのね」


「またがった方が良いんじゃないですか?」


「あんなに足を広げるのはちょっと…それにスカートですし」


 ヒルダが何か恥じらっている。何が恥ずかしいというのだろうか?分からんな。まぁ我にはどうでもいいことだ。

 不意に出たアクビを噛み殺す。イノリスの体温の温かさと、歩くたびに起きる一定の振動は、我を眠りに誘う。天気は快晴でぽかぽかとした陽気で一層我を眠りに誘っている。これで眠らないのは逆に失礼まである。我は抵抗する気も起きず、眠りに入った。

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