第29話 早速いただこう

「ここが商店街かしら?」


「そうではないですか?左右にお店が並んでいますし」


「ここで間違いないみたいだよ」


 近くの人に話を聞いていたルサルカが答える。ここが商店街か。大通りのキッチリした印象に対し、少々猥雑な印象を受ける場所だった。だが、そのぶん活気がある。店の中から客を呼び込む声が絶えず聞こえ、賑やかだ。


「大通りのお店に比べるとずいぶん安いですね。この辺りで買い物しましょう」


 近くのお店を覗いていたヒルダが宣言する。やっとヒルダたちの満足する店が見つかったらしい。


「パン屋さんだって。パンは必要でしょ?」


「長持ちするパンがあれば良いですけど、出発の日の朝に買った方が良いのではないですか?」


「それもそうね。じゃあ干し肉とか?」


「そうですね。丁度お肉屋さんもありますし、覗いてみましょう」


 アリア達が肉屋に入っていく。なんとも濃い血の臭いがする店だ。どれだけ殺せばこんな臭いになるのだろう。我でも腰が引けるような場所なのに、アリア達は戸惑わず入っていく。怖いもの知らずかアイツ等。


「おじさーん、干し肉ってある?」


「っ!?ここは生肉しか無いだす」


「そんなに驚かなくても、あたしはお貴族様じゃないよ。干し肉が欲しいんだけど、どこで売ってるか知ってる?」


「本当か?なんでぇ、脅かすなよ。干し肉なら乾物屋だ。出て左に行くとある」


「ありがとー」


 どうやらここには無かったようだ。アリア達に続いて店を出る。


「なんか制服着てるとお貴族様と勘違いされるんだよねー」


「生徒の大半は貴族の方ですし、そう思われても仕方ありませんよ」


「あ!あれじゃない?さっき言ってた店」


 アリアが目的地を見つけたようだ。近づいていくと、なんだか独特な匂いがする。煙の匂いだろうか?後は微かに乾燥した魚の匂いがする。腹が減るな。匂いに釣られて店の中に入っていく。魚の匂いは…こっちか。台の上に飛び乗ると、干からびた小魚がたくさんあった。早速いただこう。


「こらクロ!何やってるの!」


 あと少しという所でアリアに抱えあげられてしまった。


「離せアリア。我は腹が減った」


「お昼まで我慢しなさい。お店の物を勝手に食べちゃダメなのよ」


 そうは言うが、こんなにたくさんあるのだ。少しぐらい食ってもいいだろ。それに取られる方が悪いのだ。こんなところに置いている方が悪い。

 アリアの手から逃れようとするが、アリアの手は我を離しはしなかった。絶対に離さないという硬い意思を感じる。


「ごめんなさい。私、クロと一緒に店の外に出てる。買い物、お願いしてもいい?」


「分かりました。リノアは…はぁ、リノアも出ていきなさい。アリアさん、リノアのこと頼んでもよろしくて?」


「分かりました」


 見るとリノアも乾燥した魚に興味津々だ。まだ手は付けていないようだが。我に注目が集まってる間に食べてしまえばよかったのに、どんくさい奴だ。

 アリアに抱えられたまま店の外に出る。外に出てもアリアは我を離そうとはしなかった。


「そろそろ離してもいいのではないか?」


 胸の辺りをきつく腕で絞められてちょっと痛い。


「ダメよ。いい?お店の物を勝手に食べちゃダメなの。食べるにはお金を払わないといけないのよ」


「お金ってなんだ?」


「そこからかー…。そうよね、猫ってお金使わないものね。何て言えばいいのかしら?…お金っていうのは、ご飯とか、いろんなものと交換できる引換券のようなもの…かしら?お店でお金と交換してご飯をもらうのよ」


 面倒だな。そこにあるのだから、それを食べさせてくれればいいではないか。それに……。


「我はお金なんて持っていないぞ。我は食べることはできないのか?」


 それならば、やはり盗るしかないではないか。幸い、無警戒にポンッと置かれていた。盗るのに苦労はしないだろう。


「後でお昼ご飯買ってあげるわ。それまで我慢しなさい。お店の物を勝手に食べたら、ご飯抜きよ。いい?」


 ぐぬぬ。そうきたか。アリアはどうあっても店の物を食べさせたくないらしい。幸い、小腹がすいた程度だ。昼まで我慢はできそうだが…。ここで我を通しては、アリアとの関係が拗れるか。昼飯をくれるというし、ここは我慢しよう。



「お待たせしました」


「おかえり。どう?買えた?」


 ヒルダ達が店から出て来た。手には大きく膨らんだ荷物を持っている。


「ええ。干し肉以外にも色々と。ルサルカさんが交渉してくれて、予想よりも安く手に入れることができました」


「やるじゃない、ルサルカ」


「えへへー」


 ルサルカがうれしいような、恥ずかしいような表情で頭を掻いている。


「この荷物は猫ちゃんに預ければいいのですか?」


「ええ。クロに持たせるわ。クロお願い」


 我は抱えられたまま、レイラに目の前に出された鞄に潜影の魔法をかけて、自分の影の中にしまう。レイラは手に持っていた鞄がいきなり消えて、少し驚いているようだ。


「これが猫ちゃんの魔法。とても便利ですね」


「そうなのよ。まだ何ができるかは実験の最中なんだけど、思ったより使い勝手の良い魔法で助かったわ。次のテストは余裕でクリアできそうだし」


「では、次に行きましょう。次は水を入れる樽かしら?」


「それなんだけど、中古でよかったら飲み屋や酒屋さんで安く譲ってもらえるかも」



 その後も我らは買い物を続けていく。買い物で活躍したのは、意外にもルサルカだった。店の場所を尋ねたり、値下げ交渉をしたり、より安い物を見つけてきたりと大活躍だったらしい。我も潜影の魔法で荷物を次々にしまっていき大活躍だ。活躍のご褒美にレイラとヒルダから干からびた魚をもらえたくらいだ。


 途中、昼飯を取りつつ休憩し、午後も買い物は続いた。我の昼飯は焼いた鳥肉だった。ちょっとパサついていたが美味であった。食堂の食事と甲乙つけがたいほどだ。やはり人間の作る飯は美味い。買い物の方も順調に進み、夕方前には買い物は終了する。後は野外学習の当日に少し買うくらいで準備は整うらしい。聞けば、野外学習は明後日に迫っていた。意外に近いな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る