第20話 にげるー

「さ、魔法の練習しましょ」


 部屋に戻って来て、第一声がそれか。なんだかやる気が下がるなぁ…。言われなくてもやろうと思ったのに。なんで言われるとやる気が下がってしまうんだろうな。


「分かった…」


「なんで機嫌悪いのよ?さっきまであんなにご機嫌だったじゃない」


「別に、機嫌は悪くない。ただ、魔法の練習といっても手詰まりでな。新しい魔法のイメージが中々浮かばない」


「うーん…。さっきも思ったけど、クロって考えすぎなんじゃない?もっと単純に考えてみたら?例えば空を飛びたいとか」


 そんな簡単なイメージでいいのだろうか?もっと詳細に、例えば空を飛ぶなら翼が必要だろう。その翼をどうやって作るか、生やすのか考えるべきではないのか?うーむ、これが考えすぎなのか。一度頭を空っぽにしてやってみるか。


「そらがとびたーい」


 ダメか。空を飛ぶ以外に何かやりたいこと、欲しい魔法。何か攻撃する手段が欲しいところだ。


「こうげきー」


 攻撃手段がない…。なんか泣きそうだ。攻撃ができないなら防御ならどうだ?


「ぼうぎょー」


 ぐぬぬ。攻撃も防御もできない…だと。そんなのもう逃げるしかないではないか。


「にげるー」


 瞬間、目の前が真っ暗になった。我にも見通せない程の暗闇だ。一体何が起きたんだ?


「クロ!?クロどこいったの!?」


 上からアリアの声がする。見上げるとアリアの姿があった。上の方は明るく見通せる。上にはいつもの部屋の風景が見えた。でもいつもより目線が低いような…。我の感覚が確かなら、今の我は床の中にいるような感じだ。なんだこれ、ひょっとするとこれが我の新しい魔法か?異変が起こったのは魔法を使った直後なので、我の魔法の効果とみるのが妥当か。


「クロー返事しなさーい!もう、どこいったのよ…ぐすっ」


 魔法について考えていたら、いつの間にかアリアが半泣きになっていた。子供を泣かすのは本意ではない。しかしこれ、どうやって元に戻るのだろうか?もう一度辺りを見渡すが、闇が広がっているだけで出口など無い。唯一見えるのは上方のみだ。幸いジャンプすれば届きそうだが…試してみるか。我は上方に見える部屋の中へジャンプした。


「クロ!?」


 部屋の床に着地する。普通に出てこられた。我の居た空間は何だったのだろう?後ろを振り返ると、我の居た空間などは無かった。普通の床があるだけだ。強いて言うならアリアの影があるが…まさか影の中に入ったとか?我の魔法は影の魔法に特化していると言っていたし、存外ありえるか。


「クロ、どこいってたのよ、ばかー!」


「ぐふっ!?」


 考え事していたら、アリアに抱きつかれた。体格差からいって、強烈なタックルをくらったようなものだ。ものすごい衝撃だ。そのままアリアの腕に締め上げられる。うっぷ、出ちゃう。さっき食べた夕食が出ちゃう。


「アリア、離してくれ」


「もうどこにも行かない?」


「行かない。行かないから離してくれ」


 ふぅ。やっとアリアから解放される。あと少しでさっき食べた夕食とご対面するところだった。いや、そんなことよりも魔法のことをアリアに報告するのが先決か。


「アリア、新しい魔法が成功したかもしれない」


「魔法…。そうよね、魔法の練習してたんだもの、クロがいきなり消えちゃったのも魔法の効果とみるべきか。クロはどこに行ってたの?」


「難しい質問だな。我は周り一面が暗闇の空間に居た。唯一、上方の景色が見えてな。この部屋を床から見た景色だった。これは我の推論なのだが、アリアの影の中に入り込んでいたのではないかと思う」


「私の影の中…。確かにクロが飛び出して来た時、私の影からだったかも。…試してみましょう」


 そうだな。あれこれ考えるよりも、試してみた方が早いか。我は早速、先程と同じように逃げることを意識して魔法を使ってみた。すると一瞬暗闇の中に入ったが、次の瞬間には元の部屋の中に戻ってきてしまった。どういうことだ?


「魔法を使ってみた。一瞬入れたが、すぐに戻ってきてしまった」


「私にも一瞬クロが消えたように見えたわ。…もしかして影がないと入れないとか?今回は私の影の上に居ないし。」


「ありえるな。試してみよう」


 我はアリアの影の上に移動し、魔法を発動してみる。すると目の前が真っ暗な暗闇に包まれた。上を見るといつもの部屋の風景だ。今度はすぐに戻る気配もない。成功か?


「クロー、聞こえるー?」


「聞こえるぞ、アリア」


「わ、会話できるんだ。一度戻って来て」


 我は影の中から飛び出る。


「本当に影から出てくるのね。これは新しい魔法を覚えたと言ってもいいかも。おめでとう、クロ。よく頑張ったわね」


 アリアが我の頭を撫でる。アリアも撫でるの上手くなったな。これもレイラの教えの効果か。


「さ、この調子で新しい魔法がどんな魔法か調べていきましょ」


「今日はもう遅いし、明日でも良いのではないか?」


「ダメよ。新しい魔法の感覚が残ってるうちに、たくさん練習して、いつでも使えるようにしておかないと」


 たくさん練習か…げんなりしてきたな。だが、体に覚えこませるためにもやった方がいいか。魔法の性能も知りたいしな。


「…分かった」


「さ、やるわよー」


 その後、我らは寝る間も惜しんで新しい魔法について調べていった。


 新たに分かった点は、影が移動すると中に入っている我ごと移動するということ。アリア以外の影の中にも入ることができるということ。影が繋がっていれば他の影に移動できるということ。影が無くなると強制的に外に出されてしまうということ。魔法は我の任意で解くことができるということ。我以外の物も影の中に入れることができるということ。なんとアリアまで影の中に入れることができた。


 中でもアリアを影の中に入れることができたのは驚きだった。アリアは影の中の暗闇を怖がっていたが。しかし、アリアを影の中に入れることができる影響は大きい。これでいざとなれば、アリアと共に影の中に逃げ込むことができる。我は逃げ足に自信があるが、アリアはどんくさいからな。心配だったのだ。だが、この魔法があれば安心だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る