第17話 もうよい
「ねぇクロー」
「クロさーん、おーい」
「ちょっと、返事くらいいなさいよ」
アリアが話しかけてくるが無視した。我は誰かさんのせいで疲労困憊なのだ。誰かさんのせいでな!
「そりゃあ私も悪いことしたなと思うけど…。でも、無視することないじゃない!せっかくご褒美持ってきたのに…」
「ねぇクロムさーん、そんなに拗ねなくてもいいじゃない」
「ねぇクロー…」
「ぐすっ…」
アリアの声に嗚咽が混じる。こんなことで泣くな。子どもか!
いや、そういえば、こいつ図体は大きくても子どもだったか。子どものやったことか…。許し、教え導くのが大人の役目なのだろうな…。はぁ、種族も違うというのに、なぜ我が子育てじみたことをしなくてはならんのか。
「はぁ、アリア。我は拗ねているのではない。怒っているのだ」
「クロ…ぐすっ…。えっと、ごめんなさい…」
「いいだろう。今回は許してやる」
「クロッ!」
アリアが勢いよく抱きついてきた。アリアの腕にガシッと捕まれてしまった。先程のトラウマが蘇りそうだ。
「ありがとー。ぐすっ…」
アリアが我に顔を押し当てながら言う。なんだか毛が湿ってきたような…こら、我で涙をふくな!鼻水をつけるな!
「アリア、離すんだ」
「んー!」
アリアが我に顔を付けながら首を振る。当然我も揺れる。やめろやめろー!
我慢だ、ここはグッと堪えるのだ。相手は子どもだ、子どものやることだ、大目に見ようではないか。そしてアリアを教え導くのだ。それが大人だ。
「いいか、アリア。仲間の嫌がることはしてはいけない。それを破れば、君は仲間を失うことになる」
「仲間…そうよね、わかった…。ごめんね」
「もうよい」
これで少しはアリアの態度が良くなるとよいのだが。少なくともあのような凶行は止めてほしいものだ。
アリアはしばらく我に抱きついたまま離れなかった。
「あ!そうだわ、私クロにご褒美持ってきたんだった」
「ご褒美?たしかそんなこと言っていたか」
「待ってて、今持ってくるから」
アリアがやっと我を開放する。あぁ、アリアが触れていたところの毛並みがぐしゃぐしゃだ。整えねば。我は舐めて毛並みを整えていく。少ししょっぱい気がした。まったく、泣く子には勝てんな。
「はいこれ」
アリアが乾燥した小魚を手に乗せて我に差し出してくる。
くれるというのだから、遠慮なく食べる。噛むとパリッと音を立てて砕け、口の中に魚の旨味が広がっていく。美味い。
「聞いたらね、皆けっこうこういうの貰ってるみたいなの。使い魔の躾とかご褒美に使うんだって。使い魔によっては三回の食事じゃ足りないこともあるみたい」
「我も三回の食事では足りん、もっとこまめに食べたい」
「そうなの?じゃあ魔法の特訓を頑張ったらまたあげるわ」
「今日のようなマネは…」
「分かってる。もうしないわ。でも魔法の特訓は続けるわよ。あなたも魔法使いたいでしょ?」
魔法の特訓か、不穏な言葉だ。できれば遠慮したい。だが、魔法は使えるようになりたい。
うーむ…。魔法の特訓を受けるしかないか。元より我に魔法を教えてくれるのはアリア以外居ない。選択の余地はなさそうだ。
「分かった。特訓を続ける」
「ありがとう、クロ。じゃあ、早速やりましょう」
「今からか…?」
これは判断を誤ったか?前言撤回したい。こんなに性急だとは思わなかった。
「本当は私だってじっくりやりたいけど、テストまで時間がないのよ。日中は授業があるから、特訓には放課後しか時間が取れないし…」
「またそれか。そもそもテストとは何なのだ?そんなに大切なものなのか?」
「大切よ。テストの結果は私たちへの評価になるわ。テストの結果次第では、ここには居れなくなっちゃうって言えば重要さが伝わるかしら?それ以外にもお金の問題とかあるけどね」
他人の評価などどうでもいいが、ここに居られなくなるか。それは住処と食事を失うということか。我は元は野良猫だ。どうにでもなりそうだが、アリアは難しいだろうな。警戒のケの字もない奴だ。狩りもできないだろうし、野生で生きていけるとは思えない。
そうするとテストの結果はアリアの生死に直結する問題になるな。アリアが焦るのも分かる。
我はアリアを見た。アリアか。まだそれほど一緒にいるわけではないが、情がわいているのを自覚する。こいつはこれで、けっこう良い奴なのだ。我に寝床と食事を用意してくれたしな。たまに今日のような奇行を起こすが、まぁ子どものすることだ。そう、まだ子どもなのだ。子どもが死ぬのは見たくない。
「はぁ、分かった。我もそのテストとやらに協力してやる」
「本当!?ありがとう!」
アリアがまた抱きついてきた。アリアの勢いを受け止めきれず、アリアの下敷きになる。ぐえー。
「ありがとう、クロ…ぐすっ」
「なんだまた泣いているのか?」
「なんか安心したら涙が…。今日の私ちょっとおかしいわ」
我から見るといつもおかしな行動をしているのだが、この様子だとあまり自覚はなさそうだ。困ったものだ。
「さて、時間もないしそろそろ特訓を始めましょ」
アリアが我から離れつつ宣言する。
チッ、忘れていなかったか。やりたくないが、やると言ってしまったしな。それにアリアの生死が賭かっているとなれば、我も本気でやらねばなるまい。
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