召喚された猫は魔法に憧れる~使い魔として召喚されたが、魔法の使えない落ちこぼれ我の魔法学園生活~

くーねるでぶる(戒め)

第1話 始まりの記憶

 我は月明りの中、横で眠る自称乙女、アリア・ハーシェを眺める。


 腰まで伸びた長い黒髪は乱れ、意志の強そうな赤い瞳は、今は閉じられている。全体的にどこか幼さを感じさせる細くしなやかな肢体。しかし、触れば意外と柔らかいことを知っている。


「すぅ…すぅ…」


 安心しきっているのか、アリアの深く規則正しい寝息が聞こえる。今日会ったばかりだというのに、まるで「襲ってください」と言わんばかりの無防備さだ。


「はぁ…。なぜ、こんなことになってしまったのか…」


 我はアリアの様子にため息を吐き、自身の記憶を遡るのだった。



 ◇



「おめぇもしつこい奴だな。いいだろうケリをつけてやる」


 目の前の男、ブチがうんざりした表情でこちらを向いた。勝負から逃げ続け、追い詰められた男とは思えないふてぶてしい態度だ。なにか策でもあるのか?


「お前が逃げなければ、追う必要もなかった」


「ぬかせ。これは…散歩だ」


 ブチの語気が弱い。奴自身も苦しい言い訳だと分かっているんだろう。我も呆れてしまった。こんな奴がこのシマのボス?若い時は随分やり手だったようだが、もう潮時だろう。我が終わらせてやる。


「その散歩も今日で終いだ」


 そう、追いかけっこはもうたくさんだ。今日こそ奴を叩きのめし、このシマのボスの座を頂く。我はブチに向けて歩き出した。油断はしない。奴がどんな策を巡らせていようと、その策ごと喰い千切ってやる。


「ケッ、最近の若ぇ奴はケンカっ早くていけねぇ。こいつは躾が必要だな…!」


 ブチの体中に力が漲るのが分かった。毛も逆立ち、奴が一回り大きくなったように見える。虚仮脅しだ。恐れる必要はない。注意すべきは奴の自信の正体。我とブチの力の差は歴然。我の力の方が上のはずだ。ブチが決戦を避けて逃げ回っていたことからも間違いないだろう。ブチは必ず何か仕掛けてくる。まずは様子見といくか?


 我は一気に間合いを詰め、まずは様子見のジャブを放った。


 ブチはこちらの考えを読んでいたのか、ジャブを紙一重で躱すと、強力な打ち下ろしを放つ。


 早い。


 流石は老いたりとはいえシマのボスか。後ろに身を引くことで、ブチの打ち下ろしをギリギリのところで躱す。


 いや、躱しきれなかった。左の頬がヒリヒリする。どうやら掠ったようだ。


 そのことに気を良くしたのか、ブチの奴がニヤリと笑った。イラつく笑みだ。いいだろう認めてやる。たしかに読み負けた。読みあいは貴様の勝ちだブチ。だが、地力はこちらが上、次は真正面から勝負してやる。


 我は素早くブチに肉薄し、左の拳をブチの顔目掛けて打ち下ろした。さっきのお返しだ。左の拳がブチの顔面を捕らえた。だが手ごたえが軽い。クリティカルヒットとはいかなかったようだ。しかし、今のが避けれないとなると、ブチの奴は確実に衰えている。


 この勝負貰った。


 我は流れるような動作で右の拳を突き出す。ワンツー。この右拳こそが本命だ。


 ブチは、こちらの右拳を大げさな動作でギリギリ回避すると、バックステップした。我から距離を取るつもりか?しかしブチの後ろは壁だ。追い詰めた。我は追い打ちをかけようと前に出る。しかし、ブチはバックステップするなり、すぐさま壁を足場にこちらに飛びかかってきた。


「なにっ!?」


「これで終わりだー!!」


 こちらは右の拳を振り抜き体勢が崩れている。足は前進のために踏ん張り、今は自由が利かない。回避は間に合わないか。ならば…!。


 ブチが両腕を前に突き出し突っ込んでくる。我は覚悟を決めて、ブチの両の拳を頭と右頬で受けた。凄まじい衝撃だ。奴の体重全てが乗った一撃は、こちらの首から上が吹き飛ぶかと思うほどのものだった。身体がブチの勢いに押されて、後ろに倒れそうになる。ここだ。このタイミングだ。我は最初に打ち下ろしを放ち、その後下がりっぱなしだった左腕を跳ね上げた。足が利かないので手打ちになってしまうが、奴の飛びかかりの勢いを利用したカウンターの一撃だ。


「ぎにゃっ!?」


 我、渾身の一撃はブチの喉に炸裂した。我の拳は奴の柔らかい喉の肉を潰し、その向こうの硬い骨まで届き、その骨まで撓んだ。間違いなく会心の手応え。


 我はブチの勢いに押されるまま後ろに飛ばされ、背中を地面に強打した。ブチの体は、我の左腕を支点にくるりと回転すると、背中から地面に叩きつけられる。まるで巴投げのようだ。


「ガハッ!?」


 暗い路地裏にブチの声にならない声が響いた。


 我はクラクラする頭を振ると、即座に立ち上がる。頭がズキズキと痛む。ブチの一撃は想像以上に重いものだった。足がふらつく。

 ブチに視線を向ける。ブチはまだ立ち上がることも出来ずに呻いている。かなりのダメージを与えたようだ。


 我はまだふらつく足を叱咤し、ブチに近づく。ブチが戦闘可能だとは思えないが、一応警戒する。老獪なブチのことだ、演技の可能性もある。


 ブチはまだ地面に横たわったままこちらに視線を寄こした。


「げはっ…こりゃ…無理だな…てめぇの勝ちだ…」


 ブチが悔しさをにじませ、息も絶え絶えに負けを認める。ずっと逃げ続けた男が、遂に敗北を認めた瞬間だ。


「貴様も強かった」


「ケッ、慰めは…いらねぇ…」


 ブチが我を勝者と認めた。これで、このシマのボスは我になった。ブチは強かった。我はブチのことを侮っていたことを恥じた。一歩間違えたら我は負けていたかもしれない。我が勝てたのは運が良かったからだ。ブチが身体を起こし、地面に座り込んだ。


「せいぜい、立派に勤めを果たすこった」


「あぁ」


 その言葉を最後に、我はブチに背を向け歩き出す。ボスの勤めか、一言でいえば自分のシマの中に生きる皆を守ることだ。正直、面倒ではある。だが、これも我がボスの証のようなものだ。皆を守るから皆からボスと慕われる。せいぜい頑張るか。そんなことを考えている時だった。



『お願い、強いやつ、来て…!』



 遠くから声が聞こえた。若い女の声だ。強い奴?このシマで一番強いのはボスである我だ。つまり我への救援要請だろうか?


 やれやれ、ボスに就任した途端にこれだ。しかし、これもボスの勤めか。このシマの奴らに、我がボスに就任したことを知らしめるには良い機会かもしれない。ブチとの戦闘で若干消耗しているが…仕方あるまい。


「…よかろう」


 答えた途端に足元から光が溢れだした。


 なんだこれは!?


 慌てて飛び退こうとすると、足がもつれて転んでしまった。クソ、力が入らない。立ち上がろうと足掻いていると、急速に眠たくなってきた。なに…か…の、罠…か?

 我の抵抗空しく、我の意識は睡魔に落ちた。

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