第48話 初コラボ #社長なんだよ、俺
一期生二人は、初配信から順調な切り出しを見せた。
ともに登録者は初配信から一週間が経った頃には20万を突破し、期待の新人の仲間入りだ。
同接も安定し、固定ファンも多いことから心配する必要は無いだろう。
そして俺は百万飛んで、116万人もの登録者数となった。
「ここ最近の伸びすごいし、突破記念は二百万にするか」
百万人記念をやろうとした時にはすでに突破してたからな。やっぱりそこまでの感慨は無いし、あっても一時だけだ。そこで尺を取るなら別のことをしたい。
「くっそ、てか、なんで一期生の初配信の翌日すっげえ罵倒されたんだ?」
あいつらが初配信した翌日にいつも通り配信したら、開始早々えげつない罵倒が嵐のように舞い込んだ。すわ、炎上かと肝を冷やしたけど、よくよく見るといつもの罵倒が酷くなっただけのレベルだった。
何か照れ隠しのような気もするけど気のせいだろうか。
「まあ良いか! 今日は奈瀬とコラボする日だし、リスナーも普通の対応になるだろ。多分」
針生はあの性格だからコラボは無理なのでは、ということで今回は機会を見送った。
ゲーム時のテンションで雑談するのはキツイし、無理に喋れなんて言わない。そんなのただのパワハラだからな。
俺は下ネタを言ってセクハラすることはあるが、そこに誓って疚しい気持ちはない。てぃんてぃんへの愛を理解してほしいだけである。
自分の価値観を押し付けることは間違ってる、とか言われるけど押し付けあってなんぼの関係じゃね、と思う。基本好きなものを語り合うことだって、押し付けあって価値観を互いに浸透させる行為だ。
「問題は奈瀬のトークが俺より上手いことなんだよ……。なんだよあいつらの才能チートは。そういうのって俺の役目だろ。何かチートくれよ」
あってもそんなに良いものではないと思うが、貰えるなら貰っておくのが俺の主義だ。
「うしっ、やるか」
☆☆☆
「やあ、下僕ども。今日は告知通り一期生のひやひやをゲストに呼んでいる。さあ、来い!」
「皆さんこんにちは。歌姫目指して修行中の冷冷音色よ。今日は社長かつ私の敬愛すべきお方である黒樹ハル様に呼んでいただいたわ」
ーー
『黒樹は帰っていいぞ』
『ひやひや来た!!』
『洗脳加害者と洗脳被害者のコラボか』
『カオスになりそうな希ガスw』
『黒樹なんかを敬愛すんなよ。敬うだけ無駄やろ』
ーー
「俺とひやひやの扱いが違いすぎんだろ、このツンデレがよ。たまには素直になれよ」
誰が加害者じゃ。確かに奈瀬は俺を慕ってくれているが、その動機は不純だ。謂わば体目当て。純粋に配信も好きだと言ってはいるが信用していいものか。
俺がこの世で一番信用しているのは仲嶺のみ。
他は精々信頼だ。奈瀬はまだその域まで到達していないがな。
「ハルさんも何だかんだ言ってツン発言を楽しんでいるのだから、ツンデレはどっちもどっちじゃないかしら?」
ぬっ、言うじゃねぇか。
まあ、否定はしない。俺に追従するような人間は求めていないからな。つまんねぇもん。
反骨心を持っていた方が後々に屈服しがいがあるものよ……ケッケッケ。
謎の悪魔テンションでお送りするぜ。あんま寝てないから深夜テンションなんだよ。
「まー、配信始まった当初はフニャチンだった下僕どもが、俺に抗いながら立派に意志をガチガチに硬めてんのは知ってるからな。その成長を見てる気分だわ」
ーー
『ひやひやなかなか言うじゃん』
『黒樹、ツン発言楽しんでんのかw』
『なんかひでぇ下ネタを聞いた気がする』
『フニャチン言うなしw』
『物凄い隠語だろ。ガチガチ発言いる??w』
ーー
敬愛とは言っているが追従しないのが奈瀬だ。
事前に敬語も遠慮もいらないと言ったからなのか、奈瀬は楽しそうにウキウキしている様子がアバター越しに窺えた。
「心のぶっとい芯よね。私の場合はやっぱり歌かしら。歌っている間は嫌なことも忘れられるし、配信を通して私の歌を知ってもらえるのは嬉しいわね。つまり、心の芯って個々人のアイデンティティのことなのかしら?」
「良い線いってるな。アイデンティティを自覚してフニャチン。それをどれだけ伸ばせるかが勃っ……ボッティチェリ。ごほん、硬くできるかなんだよ。個性に向き合って努力するとも言えるな」
「……ボッティチェリ?」
あぶねぇ。あくまで心の芯はてぃんてぃんとは別だからな。本質的には同じだけど棲み分けしないとな!
誤魔化せた……? 奈瀬はともかくリスナーは無理か。
ーー
『真面目な話をしだしたかと思ったら勃起って言いかけるなよw』
『誤魔化し方が草』
『なんでルネサンス期の画家が登場すんねんwww』
『【速報】心のぶっとい芯の詳しい概要が判明する』
『別にそこまで知りたいわけじゃないw』
『だからフニャチン言うなし』
ーー
「えー、売春と解きましてボッティチェリと掛けます。その心はどちらも『春』でしょう」
俺のつまらんギャグに失笑、というパターンかと思ったが、奈瀬ともに困惑だった。
「売春ってなにかしら」
そうか。逆転世界だとそういう行動が無いのか。
女同士で恋愛することは高い世界だが、性を売り物にする風習がどうにも無いらしい。調べたら風俗と無いらしいし。
どうりであんなに性欲を持て余すわけだよ。
俺は少し考えて答えた。
「売春はな。えー、男が性を売り物にする行動のことだよ。まー、女が金を払って男の時間を買うみたいな感じだな」
「え、なにそれ天国」
おい、本音漏れてんぞ。
ーー
『異世界の風習かな???』
『あったらあったで問題になりそうではあるけど、純粋にヤりてぇ』
『ワイはその学術的なあれ的に興味があるわ!』
『↑嘘乙w』
『ひやひや本音漏れてるしw』
ーー
「だから、ボッティチェリの描いた春と掛けたってわけよ」
「なるほどね。どのみちつまらないけれど、この受験期にいらない知見が増えたとだけ言っておくわ」
「なんかすみませんねぇ!」
ーー
『そういえばひやひや十八歳設定だっけ……確かに受験期やなw』
『黒樹が謝ってんの新鮮だな。若干逆ギレっぽいけどw』
『伝わらないギャグって一番つまらんもんな。まだ普通に滑った方がおもろいw』
『草』
ーー
くそ、慣れない謎掛けをやるんじゃなかった。
奈瀬は本当に遠慮が消え失せたし。
なんで某芸人はハイクオリティな謎掛けができるんだ……たまに即興でするし。さては異世界チート持ちだったか。
「ひやひやは配信楽しいか? 事務所に入って良かった?」
「なんか急に社長みたいな感じで聞いてきたわね」
「社長だからな」
ーー
『黒樹……社長……あれ?』
『なんか着々と地位得てんのが恐ろしいわ。日本壊滅RTAにどんどん近づいてんぞw』
『適任がいなかったんだな、仕方ない』
『コロンが社長でええやろ。何だかんだ一番被害被ってるしw』
ーー
うるせぇ、器じゃないのは分かってんだよ。
まあ、例えコロンが社長になりたいと言ってても俺は間違いなく断っていたが。
なにせ、世界を変えるという発言はある意味危険思想だ。いつだって革命家は強い風当たりをその身に受けてきた。
事務所を立ち上げ、その目標を掲げた場合、その風当たりが向かう先は矢面に立つ者だ。つまり社長。
俺は俺のエゴのために誰かを危険に晒そうとは思ってない。ある意味プライドだな。
そんなことをぼぉー、と考えていると、奈瀬が質問に答える。
「そうね、毎日が楽しいわ。都合上毎日配信とはいかないけれど、ファンの方たちの声を聞いたり反応を貰いながら歌うことはとっても楽しいわ。ハルさんに感謝ね」
「……そりゃ良かった。なら、俺も事務所を立ち上げて良かったと思う。色んなやつらの手を借りてここまで来た。俺はこれからも周りが勝手に変わっていくのを期待するぜ。そして俺の配信を全国に広めて性欲を減衰させてくんだ」
「最後の最後で謎の宣言が聞こえたわね。……あぁ、巷で噂のハルさんの配信が性欲的に萎えるというあれかしら? 9割はそうみたいだけど、私みたいなガチ勢には効果ないわよ? ぶっちゃけ滾る」
「滾んな。そこの1割は俺が管理すりゃ良いんだ。変人は大歓迎なのがこの『TINTIN』事務所だし」
「変人筆頭が言うと説得力あるわね」
「本当に遠慮なくなってんね!」
「そういう風に教育したのはハルさんでしょう?」
「言い方よ」
何か疚しい教育を施したみたいな言い方やめろ。
それはともかく、楽しんでくれているようで何よりだ。奈瀬から聞いた1割については驚きはあったが、俺に魅了されてるなら不用意な行動も犯さねぇだろ。逆に9割に効くのが驚くわ。本当に解せないが。なんだよ、萎えるって。化学的なメカニズム解き明かしてもろて。
ーー
『なんでこいつらは最後まで良い話で終わらせられないんだwww』
『余計な一言挟まないと狂っちゃう症候群w』
『蛇足症候群やなw』
『新たな病名生み出してて草』
『社長と一期生の仲は良いらしい()』
『相変わらず黒樹の性欲減衰の謎は解き明かされないな』
『α波みたいな感じで変なもん産み出してんじゃね? 黒樹だし』
『だな』
『解釈一致』
ーー
それで納得すんなよ。
俺のこと本当に人間だと思ってる?? 思ってないなこりゃ。
「まあ、大して人生経験積んでないやつが言うには説得力ないけど、程々に楽しめよ。気楽が一番だ」
「ええ。そうね。ハルさんを見ていればそれが分かるわ。ハルさんも程々に頑張ってね。程々に応援するわ」
「そこはもっと応援しろよ」
「ふふっ、善処するわ」
「それしないやつー」
ーー
『コント見せられてんな』
『黒樹の狂い具合はとてもじゃないが程々とは言い難いがw』
『ワイも仕事程々に頑張ろうかなぁ』
『仕事は真面目にやれwww』
ーー
「仕事も程々で良いだろ。気張り詰めてやってたって給料が上がるわけでもねぇし。真面目な時と気楽な時としっかりメリハリさえつければ良いんじゃねーの」
「ハルさんも?」
「俺はずっと気楽だわ」
俺が笑うと、奈瀬もでしょうね、と笑った。
何事も気楽に。程々に頑張る。
これは決して手抜きするわけじゃなくて、気の持ちようだ。
程々だからと努力しないのは違う。程々だからこそ努力して平々凡々に生きるのだ。上手く世渡りしていれば分かってくるようになるだろうな。少なくとも俺は半人前だ。
「楽しいわね」
「良いことだ」
俺は噛みしめるように頷いた。
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