ざんねんな博士とひみつの暗号

干野ワニ

第一話 ざんねんな博士、あやめちゃん

佐島さとうさん、あの謎解なぞとけた?」

「ま、まだだけど……」

「だよな〜。ま、解けなくても仕方しかたないよ。このオレの自信作だからな!」


 得意そうにクイッとメガネを押し上げる寿々木すずきくんを見て、私はムッとした顔を返した。

 私、佐島知花さとうともかにとって、このイヤミメガネ……もとい寿々木賢斗すずきけんとくんは、同じクラスのライバルである。

 いつもテストの点を見せあったり、算数の問題を解くスピードで勝負したりしているのだ。

 最近は謎解きナゾトキにもハマっていて、テレビや本で見た問題だけじゃなく、自分で作った問題を出しあったりもしている。

 そんな寿々木くんの言う『謎』とは、おととい渡された暗号のことだ。

 トランプのマークがいっぱい書かれた方眼用紙なんだけど、いくら考えても全然分からない……。


「もう私の負けでいいから。答え、教えて!」

「イヤだね。分からなかったんならそれでいいよ!」


 手を合わせて頼みこんだ私に対して、寿々木くんはちょっとバカにしたような顔で笑ってみせる。


「なにそれ!」

「なんでもねぇよ! じゃ、また来週なー!」


 寿々木くんは得意げにニヤついたまま、ランドセルをつかんで教室を出ていった。


 ――あんなふうにバカにされたら、負けたままではいられない!

 ちょっとズルいかなと思って今まで使用をジシュクしてたけど、こうなったら最終兵器の出番である。

 私は腕組みしてひとつうなずくと、あやめちゃんに相談することにした。



 * * *



 あやめちゃんはママの妹で、同じ市内にあるおばあちゃんの家に住んでいる。

「働きたくない……」が口グセのざんねんな大人だけど、いちおう大学でポスドクっていう研究の仕事をしている博士ハカセで、本当はすごく頭が良いのだ。


 翌日の土曜日。おばあちゃんたずねると、いつものようにあやめちゃんはリビングのソファーに寝転がっていた。


「あやめちゃーん、今時間ある?」

「ああ、あるよ」


 私が声をかけると、あやめちゃんはすぐにスマホから目を離してこっちを向いた。

 あまりおしゃれじゃないあやめちゃんは、いつも細身のデニムパンツに、ちょっとズレたがらのTシャツを着ている。

 デカデカと地名がプリントされたTシャツは、いつも学会のおみやげに買って来ているらしいけど……今日のロゴは『Hawaii』だ。

 どうみても『ハワイイ』なんだけど、これで『ハワイ』って読むと勉強にはなったから、意外と役に立つのかもしれない。

 さらにあやめちゃんらしい特徴はといえば、ウエストまである黒髪だ。

 カチューシャで上げた前髪ごと大ざっぱに一つにくくられて、ポニーテールになっている。

綾女あやめ』なんて女らしい感じの名前なのに、実物は正反対のイメージだ。


「あやめちゃん、また髪のびたね」

「ああ、カットの予約がめんどくて……電話するの苦手なんだよなぁ」

「電話がイヤなら、ネット予約すればいいじゃん」

「ネットで予約できるの!?」


 驚いたように飛び起きたあやめちゃんからスマホを借りて操作すると、私はあきれながら画面を差し出した。


「ほら、このサイト」

「うおー、予約完了してしまった! こんなに簡単でいいのか!?」

「あやめちゃん、専門はIT系みたいなもんだって言ってたのに、こんなことも知らなかったの?」

「私はITを使う方じゃなくて、ITの原理を考える方の専門なんだよ……このデジタルネイティブ世代め」


 まいったように頭をかくあやめちゃんに、私は首をかしげた。


「そもそも電話キライって、なんかトラウマでもあったっけ?」

「別にないけど……なーんか苦手なんだよなぁ」


 あやめちゃんは腕組みしながら、ふしぎそうな顔をする。

 こんなふうに、あやめちゃんはちょっと変わったところのある私の叔母おばさんだ。

 昔「あやめおばちゃん」って呼んだら「まだ学生だ!」って怒られたから、本人の希望で「あやめちゃん」と呼ぶようになった。

 だけど去年とうとう大学院を修了しても、やっぱり「あやめちゃん」は「あやめちゃん」って感じのままだ。


「いや、これで次から予約を面倒めんどうがらずにすむな。知花ともか、ありがとう! お礼に今からコンビニでも行こうか?」


 ニコニコしながら言うあやめちゃんに、せっかくだけど私は首を横にふった。


「それより、頼みたいことがあるの。この暗号、解くの手伝ってほしいんだ」

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