自称・異世界の魔王彼女様、俺のために毎日味噌汁を作ってくれる。

せんと

第1話【ひげを剃る。そして自称異世界の魔王様を拾う。】

「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それともま・お・う・さま?」


 仕事から帰ってきて玄関を開けた先にいたのは、俺に向かってウインクしている、えんじ色の長い髪にエプロン姿の女の子。


 女性と呼ぶにはまだ少々早すぎるような、美人よりも可愛さの方が勝ってしまう顔立ち。


「......わらわがこんな恥ずかしい思いをしてまでもてなしておるというのに、無反応とは......いい根性じゃ!」


 拳を握ってポキポキと指の骨の音を鳴らし始めた彼女に我を返り、俺は慌てて訂正した。


「何じゃ、わらわの姿に見惚みとれておっただけか。ならば最初からそうはっきり申せ、このバカ者」


 照れた様子で彼女はこめかみを掻きながら、視線を横に逸らしている。


「? どうしてこんなことをかと? もちろん、お前に喜んでもらいたいに決まっているからではないか」


 ドヤ顔で胸を張る彼女。

 身長は170cmの俺よりほんの少しだけ小さく、痩せ過ぎない程度にすらっとした体のライン。

 おまけに出るところはしっかり出ているので、いつ街中でモデルにスカウトされてもおかしくはない。


「『いんたーねっと』でこちらの世界の大人のオスが異性にされて喜ぶ行動を調べたのじゃ。これなら、わらわにも簡単にマネできそうじゃったのでな」


 俺が仕事で家を空けている平日の日中、彼女は家から一人で外に出ることがまだできないので、一日の大半以上は家でテレビや漫画・SNS等で時間を潰している。


「本当は一番喜ぶことをしてやろうと思ったのじゃが......いかんせん、あのような行為はわらわたちにはまだ早すぎる。もっとお互いのレベルを上げてからでないと、恥ずかしさで死んでしまう」


 何かを想像したらしい彼女は、頬を朱色に染め、もじもじと体を揺らしている。


「......どんな内容か教えてほしい!? そんなもの、お前が知るには十年早いのじゃ! よいから、いつまでもそんなところに突っ立っておらず入るがよい」


 俺から顔を背け、彼女は逃げるようにそそくさと部屋の奥へと引っ込んでいった。

 心なしか彼女の通ったあとは、気持ち室温が高いような気がした。



 ***



 リビングには温かいご飯と味噌汁、それとおかずが数点用意されていた。


「どうじゃ今夜のお味噌汁は? タマネギの甘さとトマトの酸味が味噌によく合って美味いじゃろ」


 テーブルに頬杖をつきながら、亜麻色あまいろの瞳でニコニコ眺めてくる姿に、俺の胸はそれだけでお腹いっぱいになりそうだった。


「そうじゃろ、そうじゃろ。日々お味噌汁の美味い作り方を研究している上に、魔王であるわらわが丹精込めて作っておるのじゃ。美味くないはずがない」


 自分のことを『魔王』と言う彼女のえんじ色の髪からは、左右に一本づつ、立派な鋭い角が見えている。

 これは玩具等ではなく、実際彼女の頭から生えている物。

 

 正真正銘、彼女は普通の人間ではない。


 異世界からやってきた『魔王』なのだ!!


 .........彼女いわく。


 そんな魔王様との出会いは今から一ヶ月前。

 残業を終えた俺が家に帰る途中、近所の公園で、ボロボロの姿で一人寂しくブランコに乗っているところを見かけたのがきっかけ。


 肌を隠す部分の面積が全体的に少ない服装もあって、新手の露出魔・もしくはコスプレイヤーさんかな? なんて思って最初は素通りするつもりだったが――興味心に負けて声をかけてみた。


 なんでも自分はこちらの世界とは違う世界からやってきた魔王で、勇者との戦いに敗れ、その勇者から亜空間? に飛ばされてこちらの世界にやってきたらしい。


 随分と作り込まれた設定とキャラのなりきり具合に感心した俺だが、それはどうやら本当のことのようで。


 何より彼女の頭の角、そしてこちらの世界について、あまりにもことで確信に変わった。


 ――とまぁ、そんな行く当ても身寄りもない彼女を放置するわけにもいかず、こうして俺の部屋に保護しているわけだ。


「......なぁ、明日は『かいしゃ』に行かずにすむ日じゃったよな? もしお前の都合が良ければでいいのじゃが......わらわをに連れて行ってほしいのじゃが」


 出会った時のことを思い出していた俺に、彼女は遠慮しがちに問う。


「......ダメ? かのう......」


 亜麻色の瞳と声音こわねが妙に色っぽく感じ、俺は迷わず即答でOKを出した。


「流石はわらわの見込んだオスじゃ! それでは、今から急いで明日の計画を立てねば!」


 パッっと花が咲いたような笑顔になった彼女は、先日俺が与えたばかりの自身のスマホを操作し始めた。


 できれば明日は一日中、家に引きこもりたかったが――彼女にこの世界のことをもっとよく知ってもらうためだ。仕方がない。


 スマホの画像を見てきゃっきゃしている彼女をおかずに、夕食を食べる手を再開した。



          ◇

 読んでいただきありがとうございます!

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