第4話 午前7時-なんで今開けたんだ

 最近、筋力が落ちてきた。学生の頃は何もせずとも何とかなっていた体型も、今ではたるみが目立つようになってきた。別に僕の体つき見る人などいないが、せめてたるんだ脂肪は落としたい。頻繁に酒を飲むわけでもないのに、ゆくゆくはビール腹とか言われるかもしれない。それは嫌だ。

 このままではいけないとは思いつつ、しかし自分だけで運動を続けるというのも至難の業。どうしようかと思いながら、僕はダラダラと寝転がってスマホをいじっていた。


 スマホをいじる時はだいたい動画かSNSを見ている。特に動画サイトを見漁るのが好きで、今日もそれらをぼんやりとみていた。あほなものから、検証系のもの、そして推しの配信など、テレビ番組のチャンネルを変える感覚で見ている。

 そんな中で次の動画を探していると、サイト君は何を思ったのか突然ストレッチの動画が流れてきた。いつの間に脳内を覗き見たんだろう、と見当違いな恐怖を覚えていたが、どうやら推しの配信者が最近やっているストレッチをまとめた動画を作ったらしい。それなら納得だ。試しにその動画を見てみると結構簡単にできそうなストレッチを取り上げていて、見ながら挑戦できるようなものが多かった。僕も真似して、肩甲骨周りのストレッチや足のストレッチをやった。

 簡単なストレッチだったが、運動を忘れかけた僕の身体には効果てきめんだった。肩こりは軽くなり、それが原因で起きていた頭痛や悶々とした気持ちも少しは晴れた気がする。ストレッチは今の僕にとっての特効薬だったらしい。推しよ、ありがとう。


 それから1週間はストレッチを続けることができた。というか、少しは運動をしないといけないという感覚を火種に、無理にでも続けた結果ストレッチは習慣づけられそう、という段階にたどり着いたところだ。

 そこで次第に、次は筋トレに興味が移って来た。運動をやっていたころはある程度考えて筋トレをしていたが、今になって調べれば調べるほど部位によってトレーニング方法が違うということを学んだ。最近はたるみ始めた気がする尻や、太もも当たりの筋肉をトレーニングしたいと考えていた。そこで見つけたトレーニング方法が「ワイドスクワット」だった。どうやら内ももを鍛えることができるようで、ものは試しとやってみた。

 足を肩幅よりも広めに開き、足先は少し外側に、そして膝がつま先よりも出ないように腰を落とすらしい。自分の部屋でやってみると、結構きつい。これは鍛えている感じがする。ちなみに次の日にはしっかり筋肉痛になった。


 それから数日やったところ、無心で出来るくらいにはワイドスクワットに慣れてきた。そこで、何かをしながらやってみることにした。ドライヤーで髪を乾かすときや歯磨きの時など、特に洗面所で何かしているときにやってみている。流石に洗顔や髭剃りの時は難しいが、出来るときはなるべくやるようにした。母にも、少し体締まって来たんじゃないかと言われ、やる気は最高潮だ。


 こちらもやり始めて1週間が経った。流石に筋肉痛になることもなくなってきたし、腰もだいぶ落とせるようになってきた。今日は調子に乗って、朝の支度をしながらスイスイとワイドスクワットをやっている。筋トレをして出発するなんて、とても意識高い系なのでは?と気分は爽快だ。

 歯磨きのシャカシャカという音と、ワイドスクワットで疲れてきた息遣いが洗面所に響く。こんな姿、誰にも見せられないなと考えながらも、歯磨きの手とワイドスクワットの動きは止まらない。


 しかし、その時は突然やってくる。


 突如洗面所の扉がガラッと開けられた。驚きながらも癖で腰を落とし、その状態でちらっと扉の向こうを見る。すると、僕のことを避けまくっている妹がいるではないか。しかも死んだ魚のような目で僕を眺めていた。これは終わった。


「兄貴、何してるわけ。」


 僕は急いで口を濯ぎ、答えようとした。


「これ、ワイドスクワット…。」

「なんでもいいけど、朝からきもい動き見せてくるのやめてくれない?テンション駄々下がりなんだけど。」


 そしてぴしゃりと扉を閉め、その場を離れる足音だけが聞こえた。

 僕の中では、やる気がバキッと折れる音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る