こっくりさん
とりすけ
第1話 発端
※いじめの表現があります。
気分を害する危険がありますので、そういった内容が苦手な方、トラウマがある方は読まないことをお勧めします。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら”はい”へお進み下さい。」
儀式の言葉が放課後の教室に響き渡る。子どもたちの指を乗せられた十円玉はゆっくり”はい”に移動した。
「きゃー!なにこれ!?」
「おい、誰が動かしてるんだよ。」
「私じゃないよ!」
「俺だって違うぞ。」
紙を囲んで騒ぎ出す子どもたち。しかし、恐怖よりも好奇心が勝っている様子だった。
「おい、何か聞いてみろよ。」
「鈴木がやろうっていい出したんだし、お前聞いてみよろ。」
「えー。じゃあ…。」
鈴木と呼ばれた女の子は少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに続けた。
「大野くんの好きな人は誰ですか?」
大野くんというのはクラスのモテ男子の事だ。彼女もどうやら彼に恋をしている様子。
「なんだよ、そのつまんない質問。誰が得するんだよ。」
「なによ、何か聞いてみろって言ったの山田でしょ!」
「そうよ。それに大野くんの好きな人は女子みんな知りたい情報よ!」
よほど大野くんという男子は人気があるらしい。十円玉はゆっくり移動した。
”い な い”
「いない…大野くん好きな人居ないんだ!」
「えー、そうなんだ!じゃあ頑張り次第で両思いになれるかもしんないね!?」
返ってきた答えに興奮する女子二人に対し、男子二人はつまらなそうにしていた。
「本当かよ。」
「お前らがそういう答えにしたくて動かしただけじゃね?」
「違うもん!私指添えてるだけだし。」
「そうだよ。十円玉が私達の指を引っ張ってたし!」
ああでもないこうでもないと4人が騒いでいると、教室に一人の女の子が入ってきた。
自分たちしか居なかった空間に入り込む突然の人の気配に、4人は揃って驚いた。
「驚かせるなよ宮田!」
「びっくりしたじゃん!!」
教室に忘れ物を取りに戻っただけで非難轟々の宮田と呼ばれた女の子は少し憤慨しながら答えた。
「悪かったわね。…何してるの?」
「こっくりさんだよ。」
「宮田も今から加わる?」
儀式に誘われた宮田さんは、更に口をへの字にした。
「やらない。そんなくだらないことして何が楽しいの?時間の無駄。」
忘れていた体操着を手に取ると、宮田さんは4人を残して帰っていった。
「…なんだよあいつ。ノリ悪い。」
「宮田さんってそういうとこあるよね、変に真面目っていうか。」
「ああ言っておいて実は怖がってたりしてなw」
既に居ない人物について毒づいた4人は、興が削がれたのか「こっくりさん、どうぞお戻り下さい。」と唱えた。十円玉は言われたとおり元の鳥居の位置まで戻った。
***
「昨日のこっくりさん楽しかったよね〜!」
「本当に動いちゃうんだもんね!」
翌日こっくりさんをした女子二人が他の生徒たちに報告していた。
「で、大野くんは好きな人居るの?」
「いないってさ!こっくりさんが言うんだから、きっと本当だよ。」
「居ないんだ〜!なんか安心した。」
「わかる〜、みんなの大野くんって所あるもんねw」
女子たちはその後もきゃっきゃとはしゃいでいた。
放課後になり、またクラスの生徒達数人を集めてこっくりさんが始まった。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。」
十円玉が再び”はい”に移動する。
「わぁ、本当に動いた!」
「ね?ほんとに引っ張られるでしょ?」
「うん、なんだか不思議。」
「昨日宮田さんにも声かけたんだけど、『時間の無駄』って断られちゃった。」
「宮田さんってなんか私達を馬鹿にしてる雰囲気ない?」
「わかる〜。”あんたたちと格が違うのよ”みたいな感じ?見下してるよね。」
質問もせずに彼女たちはまたこの場に居ない宮田さんについてあれこれ話していた。
「明日から関わるの辞めとこうっか。」
「そうだね。馬鹿にされるのやだし。」
言うだけ言って満足したのか、その後彼女たちは「テスト範囲を教えて下さい」だの「臨時休校無いですか」などくだらない質問をして終わった。
***
「おは〜。」
「おはよ〜。」
今日も変わらない朝を迎えた。宮田さん以外は。
皆友達と集まって他愛ない話をしていたりするのだが、何故か彼女の周りだけ人が寄り付こうとしなかった。
「なぁ、なんでお前ら宮田を避けてんの?」
遅刻ギリギリに教室に入ってきた山田と呼ばれていた男子が異変に気づき、鈴木に声をかけた。
「あの子に馬鹿にされるから、関わるの辞めておこうって昨日マキたちと話して決めたの。」
「へぇ、なるほどね。」
山田は納得して席に座った。暫くして担任の先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。
鈴木の声がけはその日の内にクラス中広まり、あっという間に宮田さんは孤立した。
「運動会の踊りの練習するぞ。それぞれペアになって。」
体育の時間、担任の先生がそう言うとみるみるペアが決まっていった。しかし孤立していた宮田さんとペアになろうという者が居らず、数名が揉めていた。
「お前があいつとペア組めよ。」
「嫌よ!あんたがなりなさいよ!」
既にペアが決まったものは我関せずといった様子で雑談をし始め、先生は「誰でもいいから組んでやりなさい。」とありきたりな事を言うだけだった。
「宮田さん、俺とペア組もうか。」
彼女に声をかけたのは、クラスで一番の人気者の大野くんだった。
「え、でも大野くんペア決まってなかった?」
「あいつは揉めてる奴らとも仲良いから。」
「…そう。」
大野くんが宮田さんに声をかけたことで、避けていた女子たちは一気に彼女を睨んだ。
「え、何この展開。なんで宮田さんが大野くんと?」
「大野くん優しすぎて尊い…。宮田まじシネ。」
生徒たちの声が大きくなり始めた頃に先生は「始めるぞ」と音楽を流した。
体育の授業が終わり、男女別れて着替え始めた。
男子たちは「宮田とペアにならなくて良かったー」、「よく大野ペアになったな。」と、自分が関わらなくて済んだ幸運と大野くんを称える言葉が多かった。
しかし女子たちは宮田さんを妬む者、陥れようと企む者ばかりだった。
「また『自分だけ特別』とか思ってるんじゃないの。」
「大野くんが優しいばっかりに、またつけ上がる。」
「調子に乗る前に分からせておいた方がいいんじゃない?」
「そうだね、勘違いしたままだと可愛そうだし?w」
「そうそうw下なのは自分なんだって分からせないと。」
宮田さんは誘いを断っただけなのに、どうしてこんなにも話が大きくなっているのだろう。
放課後、また教室ではこっくりさんが行われていた。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。」
十円玉は”はい”に移動した。
「なんか、もう動くのは当たり前になったよね。」
「誰も本当に動かしてないのか?」
「今日は何聞く?」
「何も思いつかねぇなぁ。」
暫くの沈黙の後、鈴木がにやりと笑った。
「…宮田の苦手なことはなんですか?」
十円玉が動かないでいると、日直の宮田さんが日誌を先生に届け終えて帰って来た。
「すごっ、来るの分かってたんじゃない?」
「単に分からなかっただけじゃね?」
「じゃああいつが帰ってからもう一回聞いてみようよ。」
ひそひそと話す子どもたちに呆れた
彼女は中々に忙しい人のようで、放課後家には帰らず塾へ。90分みっちり勉強してから帰宅し、その後食事・入浴が終わってから自室に戻って寝る直前まで宿題と今日の復習をしていた。
確かに毎日こんな生活をしていたら「こっくりさんは時間の無駄」と断るのも頷ける。しかしその頑張りは周囲からは見えず、表面にある言葉だけで彼女を評価している。
仕方のないことかも知れないが、そういったズレのせいで彼女は苦しんでいた。
「…私は何も悪いことしてないのに。」
ノートにカリカリと数式を書き込みながら、彼女は呟いた。
***
次の日から早速女子たちの計画が実行された。
「痛っ!」
宮田さんが履いたばかりの内履きを脱ぎ捨てると、中から画鋲が出てきた。宮田さんは画鋲が刺さったかかとを庇いながら保健室へ向かった。
「あら、画鋲踏んじゃったの?駄目じゃない、足元に気をつけなきゃ。」
不注意で踏んだと勘違いした保健室の先生は、彼女の足を消毒しながら叱った。
「…すみません。」
何も悪いことをしていない宮田さんは治療後俯いたまま先生にお礼を言って部屋を出た。
教室に入ると彼女の机には「ブス」「調子のんな」と汚い字で殴り書きされていた。直ぐに消しゴムで消そうとするが、油性マジックで書かれていたため簡単には消えなかった。
宮田さんは黙って机の落書きを消していたが、周囲は心配するどころかその様子を見て楽しんでるように見えた。
「かわいそーww」
「あれはちょっと、ねぇw」
クスクスと笑い声が聞こえる中、誰も彼女の味方をする者は居なかった。
いつもどおりホームルームが始まり、教壇に立った担任の先生は宮田さんの机の落書きに気づいた。
「宮田、なんだその落書きは。」
「朝来たら書いてありました。」
宮田さんはありのままを伝えるが、担任は大して気に留める様子もなく、「早く消しておけよ。」とだけ言って今日の連絡事項を話し始めた。
「えんどーまで見放してんじゃんww」
「教師に見放されるとかやばくない?」
「先生も前からウザいと思ってたんじゃない?」
休み時間は担任の対応の話題についてもちきりだった。
咎められないと分かった女子たちは、さらなる嫌がらせを考えている様子だった。
「どうする?もっとやっても良いなら体操着破いちゃう?w」
「いいね、宮田が体育に参加しなければ大野くんも気を使わずに済むし!」
もはや声をひそめることも辞めた女子たち。計画は周囲に丸聞こえだった。もちろん、宮田さん本人にも。
「……。」
宮田さんは言い返すこともせず、ただ黙って一点を見つめ席に座っていた。
「うわっ、目の前であんなこと言われてんのに無視とかヤバくね?」
「心無いんだよwだから何されたって何も感じないんじゃない?」
「何やったら反応するんだろうな。」
必死に堪えているだけの彼女の姿すら、彼らには面白おかしく映るようだった。
昼食の時間になり、給食当番の生徒たちはエプロンと帽子、マスクを付けてそれぞれが担当する料理を器に盛り付けていった。
皆が順番に当番から食事を受け取る中、宮田さんが受け取ろうとした器が落ちた。当番側の悪意でわざと落とされたのだ。
「あ!駄目じゃん宮田さん〜、ちゃんと受け取らないと。人数分しか無いし、ごはんは諦めてぇ。」
ニヤニヤしながらご飯をよそっていた当番がそう言うと、周りもクスクスと笑った。宮田さんは黙って次のおかずを受け取ろうとすると、そこでもまたわざと皿を落とされた。
「宮田さん握力ないの?wちゃんと受け取ってよ〜ww」
汁物も当然の流れのように落とされ、とうとう口にできるものは牛乳しかなくなってしまった。
「もう宮田さんったらおっちょこちょいなんだからww」
「もしかしてダイエット?それにしたって給食勿体ないってw」
さも宮田さんの不注意で落としたかのように笑うクラスメイトたち。同じ教室で食事をしている担任は、また興味なさそうにスマホを触っていた。
「……。」
宮田さんは何も言わず、牛乳を飲み終わってから教室を出てトイレに篭った。
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