*番外編集* 元日本人の奥様は、季節イベントを満喫する

はづも

ハロウィン ジーク視点 よくわからないけど妻が可愛いイベント

「おかえりなさいませ、旦那様」

「ただいま。……アイナは?」

「奥様でしたら、お二人のお部屋に」

「ありがとう」


 使用人に上着を預け、夫婦の部屋へと向かう。

 帰宅時間がわかっているときは、アイナが玄関で待っていたり、すぐに出てきてくれたりすることが多い。

 大体の時間を伝えてあった今日は出迎えがあると思っていたけれど、彼女はいなかった。

 残念な気持ちも少しだけある。でも、彼女にだって都合があるから仕方ない。

 居場所はわかったのだ。自分から向かえばいい。


「ただいま、アイナ。……アイナ?」


 僕らの部屋は暗かった。電気が消されているようだ。

 月明かりすら入ってこないから、カーテンも閉まっているのかもしれない。

 ここにいるって話だったけど、どこかへ移動したんだろうか。

 ふと、この状態になんとなく既視感があることに気がつく。

 そういえば、去年も似たようなことがあった。

 というより、一緒に住むようになってから毎年こんなことが起きている。時期もこのくらいだった。

 そこまで思い至れば、この後何が起こるのかは大体理解できた。

 理解してしまった、けど……。とりあえずは、何もわかっていないふりをしてあげよう。


 部屋に入り、ドアを閉める。

 明るくしてしまうと可哀想な気がしたから、電気はつけなかった。

 そろそろかなと思っていると、


「わっ!」


 とさほど大きくもない上に、非常にベタな声が響く。同時に誰かが僕の身体に触れた。

 触り方もとても優しくて、本当に驚かせる気があるんだろうかと思えてくる。

 ドアの裏にいたみたいだけど、僕が勢いよく扉を開けて潰されたらどうするつもりだったんだろう。


「……わあアイナか、びっくりした」

「……わかってたでしょ」

「まあ、うん。毎年のことだし」

「今年はちょっと時期をずらしたのに……」

「いやあ、あんまり変わらない気がするけど」


 そんなことを話しつつ電気をつける。

 この展開を読んでいたから暗いままにしておいた。彼女が飛び出してきた今、明るくしても大丈夫なはずだ。

 そうすることで、アイナの姿がはっきりと見えるようになる。


「……今年も力作だね。可愛いよ」

「……ありがとう」


 先の尖った黒い帽子。

 黒とオレンジ色が使われた、ふんわりとしたワンピース。

 彼女にしては珍しく胸元は開いていて、丈も短い。

 こんな格好を他の男に見せるわけにはいかないけど、ここは僕らの部屋だから心配はいらない。

 聞けば、魔女のつもり……だそうだ。

 ちなみに、衣装は彼女が自分で作っている。


 ハロウィンというどこかの国のイベントを模しているそうで、この家では僕らが18の頃から毎年こんなことが起きていたりする。

 詳細を知らない僕からすると、妻が仮装をしてお菓子をねだってくるよくわからない日、なのだけど……はしゃぐ姿が可愛いからそれでいい。


 短いスカートの裾を摘んで持ち上げると、ぺしっとはたき落とされる。

 うーん、つれない。

 でも、それで落ち込むような僕じゃない。追撃あるのみだ。


「ところでアイナ、大事なことを忘れてないかい?」

「大事なこと?」

「決まり文句があるんだよね?」

「えー……」


 彼女は露骨に嫌な顔をする。

 僕はどうしてもある言葉を引き出したかった。だから更に攻める。


「今年はお菓子かもしれないよ?」

「……トリックオアトリート」

「トリックで」

「騙された……」


 うん。騙した。反省は特にしていない。


「トリック」

「トリート」

「お菓子はないよ」

「絶対に家のどこかにあるから取ってきて」

「嫌だ。いたずらがいい」


 お菓子希望のアイナと、絶対にいたずらがいい僕。

 どちらも譲らない姿勢……のはずが、結局、アイナが僕に押され始める。

 言い方が悪いけど、ちょろい。


「いたずらって言われてもなあ……」

「考えてなかったなら僕が提案しようか」

「遠慮します」


 どうせやらしいこと考えてるんだから、と彼女は続けた。


「いたずらを希望されるってわかってるのに、毎年やるんだね」

「……楽しい時間を共有したくて」


 そう返すアイナは、少し恥ずかしそうで。


「アイナ……」

「そういうわけだから、あなたももっと純粋にイベントを楽しむこと」

「……わかったよ。トリックとトリート両方楽しもう」

「わかったならよろし……。んん……?」

「お菓子を取ってくるから、少し待ってるんだよ」

「う、うん……」


 不穏なものを感じながらも流される妻。

 そんな彼女を残し、お菓子を求めて部屋を出た。



「可愛いな、本当に……」


 驚かすのは下手だし、すぐに騙されるし、ちょろい。

 勉強はできるのに悪い方向には頭が回らないところも、仮装をした姿も、楽しく過ごしたいと話すところも、何もかもが可愛らしくて愛おしい。

 いやあ、本当に、


「好きだなあ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る