第28話


「ロイさんは意外とそういうのも似合うのね。そう思わない? エルサ」



「似合ってるけど、やっぱりもう少しクールな感じがいいんじゃない?」



「そうかしら?」



「ほら、これとか絶対似合うでしょ。ロイ、今度はこっちを着てくれる?」



「……はい」



「それじゃあ、ルビィはかわいい系にしましょう。ロイさんと雰囲気を揃えたいから……これなんかどうかしら?」



「いい! ルビィ君に絶対似合う!」



 僕は今、人気アパレルショップ『サルトル』に来ている。僕とルビィと、メンバーはそれぞれの母親の四人だ。この店で僕とルビィは、母親たちに着せ替え人形にされているのだ。どうしてこうなったのか。それは、三日前の僕のちょっとした好奇心から始まった。






 僕はその日もエルサの書斎で作業をしていた。しばらくして、いったん休憩を入れようと思い、僕はソファに座った。テーブルの上に魔法学術誌『チャームド』の最新号が置いてあったから手に取って読んでいると、それまで書斎の机に齧り付いていたエルサが、色々な実験器具や魔法具を持ってやってきた。この頃様子のおかしいエルサは、様々な抽出方法を試しながらおいしいお茶の淹れ方を追求し、僕の休憩のたびにそうしてお茶をふるまうのである。

 さすがは一流の研究者と言ったところか、お茶の風味や香りは淹れるたびに劇的に良くなり、今では僕の舌を満足させるほどとなった。



「そういえば、エルサさんはシナモンティーが好きなんですよね」



 僕はふと疑問に思っていたことを尋ねた。



「嫌いじゃないけど、どうして?」



 エルサは不思議そうに首を傾げた。



「どうしてって、クラブ名にするくらい好きなんでしょう? たしか、かぼちゃパイとシナモンティーの――」



「ごほっ、ごほっ」



 茶を飲んでいたエルサが咳き込んだ。僕はハンカチを差し出した。



「あ、あれは私も若かったから……。あと、シナモンティーが好きなのはリリィよ」



 ダメージから回復したエルサが取り繕うように言った。



「なるほど。かぼちゃパイがエルサさんの好きなメニューということですか」



「まあ、そういうことになるわね……」



 エルサが恥ずかしそうに目を逸らした。



「その店は今でもあるんですか?」



「ええ。アルクム通りから二つ外れた通りにある『シャルロッテ』という名前の店よ」



「……そこのかぼちゃパイって、そんなにおいしいんですか?」



「……うん」



「そう、ですか」



 ゴクリと喉が鳴った。



「……いっしょに行く?」



「え?」






 こうして僕とエルサは休日に街へ繰り出すこととなった。それからどういうわけかリリィとルビィも来ることになり、せっかくなら『シャルロッテ』でお茶をする前にショッピングをしようということで、今こんな事態に陥っているのである。エルサと二人でお出かけなど気まずいだけだろうから、ルビィたちを呼んだのはむしろ良かった。もしかしたらエルサがリリィに声をかけたのも、僕と同じように思ったからだったのかもしれない。



「こういうことはよくあるのか?」



 僕はもう一体の着せ替え人形――ルビィに声をかけた。



「うん。昔からお母さんは僕にいろんな服を着せるんだ」



「大変だな」



 僕は同情的な視線を送るが、ルビィは首を振った。



「そんなことないよ。僕はお母さんの最高傑作だから」



 まるで自分自身が作品の一つのようにルビィは言う。歪んだ親子関係だと思う。だけど、リリィのルビィへの愛がとても深いことを僕は知っている。これからもリリィは、どんなことをしてでもルビィを守っていくだろう。憧れるとは言わないけど、それだけの愛を与えられるのはどんな気分なのか気になった。



「ロイ君が言いたいなら、言ってもいいよ」



「え?」



 何を、と聞く前にルビィは服を選ぶリリィのところへと歩いていってしまった。もしかしたらルビィは知っているのかもしれない。



 さらに何着か服を着替えると、ようやく僕は解放された。店を出る前にエルサがこそこそと店長と話をしていたから盗み聞きをすると、今日僕が試着した服を注文しているらしかった。僕は聞かなかったことにして、先に店を出た。






 『サルトル』から出た後に僕たちはようやく念願の『シャルロッテ』へとやってきた。前座が長くなってしまったが、ここのパンプキンパイを食べるのが今日のメインイベントなのだ。



「エルサたちももっと二人でお出かけすればいいのに」



 注文をして待っている間、リリィが僕とエルサの顔を見比べながら揶揄うように言った。僕とエルサは顔を見合わせ、気まずくなってすぐに逸した。



「たまにだったら、私はいいけど」



 エルサが小さな声で言った。



「……たまになら、僕も時間はあると思います」



 僕がそう言えば、なぜかリリィが嬉しそうに笑った。



「よかった! 今日はエルサも楽しそうだったから」



 僕は横を向いてエルサの様子を窺うが、そっぽを向いていてどんな顔をしているのかわからなかった。



 注文した飲み物とデザートが運ばれてくる。僕らはゆったりとしたひとときを過ごす。エルサのおすすめのお店だけあって、雰囲気がいい。



「ロイさん、どの服も似合ってたわ」



 リリィが言った。



「ありがとうございます。でも、何度も着替えるのは疲れます」



「それは仕方ないわ。なんでも着せたくなっちゃうんだもの。ねえ、エルサ」



「……そうね」



 エルサがボソッと言った。



「自分が人形になったかと思いましたよ」



「あら、人形だなんて。そんなこと言われたら家に持ち帰って、飾っておきたくなってしまうわ」



「ちょっとリリィ、ロイをあなたの趣味に巻き込まないで」



 エルサがリリィをたしなめた。



「屋敷にあった人形は、やはりリリィさんの趣味なんですね」



「ええ、そうよ。言ってなかったかしら?」



「人形好きなのはルビィだと思ってました」



 リリィが言っていたのだ。ルビィが幼い頃、唯一興味を示したのが人形劇だったと。



「ルビィが? 家にある人形は全部私のものよ。ルビィは小説やオペラのような、ストーリーがあるものが好きなのよ。ね、ルビィ?」



 リリィに聞かれ、ルビィが頷いた。



「そうだったんですね。では、やはり学園祭のあれもリリィさんの人形なんですか?」



「学園祭?」



「ほら、最後にやっていた劇の話ですよ」



「ああ! そうなの! うまくできていたでしょう?」



 リリィが嬉しそうに両手を合わせた。



「はい。あんなに細かい操作ができるなんて驚きました。ガゼボの二体もそうなんですよね」



「ふふ。気づいてしまったのね。その日はね、ルビィのことで学園に用事があったのよ。人形はそこで調達したの。ああ、ロイさんにも見せてあげたかったわ……。学園祭のときよりずっと凄かったんだから」



 リリィはそのときのことを思い出すようにうっとりと頬を染めた。



「……ねえ、あなたたちはなんの話をしているの?」



 会話に置いてけぼりのエルサが拗ねるように言った。



「人形劇の話よ。ねえ、ロイさん」



「はい」



「ふぅん?」



 エルサはあまり納得していないのか、首を傾げた。



「あれは僕の魔力波の研究を応用したのですか?」



「ふふ。やっぱりロイさんには気づかれちゃうわね。そうよ。あなたの研究のおかげで、人形の操作が魔力糸なしでできるようになったの」



 研究の話をするリリィはとても楽しそうだ。研究者のさがなのだろう。

 それからは、僕の研究の話に話題が移った。魔力波をどう応用していくか、エルサやリリィのような優れた研究者と語らうのは楽しい時間だった。ルビィも時折、現実とフィクションを融合させたような面白い意見を出した。小説を書く者ならではの着眼点だった。



 エルサは、直接言葉にはしないが僕の研究を高く評価しているようだった。若干の面映おもはゆさを感じつつ、でもやはり嬉しかった。ワイズマン教授やリリィから褒められるより、僕はエルサからの評価を望んでいたのだと気づいた。これからは、もっと積極的に研究の話や相談をしてもいいかもしれない。



 パンプキンパイは絶品だった。エルサがクラブ名に入れるほど気に入るのも仕方がないと思えた。店を出て、解散する前にルビィから紙束をもらった。完成したら見せてくれると約束していた彼の小説だった。

 エルサと二人きりの帰りの馬車は静かだった。昔と比べれば彼女との距離はだいぶ近づいたが、やはりまだ仲良く会話するような関係ではなかった。家に着くまでの間、僕はルビィからもらった紙束をペラペラと捲った。

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