第66話 ヴァイス、娘を見守る

【お知らせ】


書籍発売から一週間が経過した本作ですが────なんと続刊が決まりました!

本当にありがとうございます!


2巻は今夏発売予定となります!


なので、暫くは爆速更新となります。ほぼ毎日投稿になると思います。

よろしくお願い致します!



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「おい、起きろ。出てけ」

「うーん……」

「くっ、頭が……」


 朝。

 酔い潰れていたカヤとジークリンデを叩き起こし、家からつまみ出す。二人は呻きながらも覚束ない足取りでそれぞれ別方向へ帰っていった。


 …………ジークリンデは超高級住宅街へ、カヤは下町へ。それぞれの立場を象徴するような景色に感心しそうになるが、実際無職のカヤはいいとしてジークリンデは朝まで居て大丈夫だったんだろうか。魔法省長官補佐というポストは決して閑職ではないはずだが。


「むにゃり……」


 アイツの朝の職務が穏やかである事を精々祈りつつ朝飯の準備をしていると、パジャマ姿のリリィがのそのそとリビングに現れた。俺達が遅くまでうるさくしていたからか眠そうだ。


「おはよう、リリィ」

「おはよーぱぱ……」


 一年前ホロに用意して貰ったパジャマはまだまだ身体にぴったりだが、そのうち小さくて入らなくなるだろう。そんな未来が楽しみに思えた。何たって今日はリリィの初授業日だからだ。リリィの明るい未来に向けて、全てが繋がっている。


「とりあえず顔洗ってこい。もうすぐご飯出来るからな」

「うん……」


 リリィは半分夢の中を旅しながら洗面所に消えていった。初授業日とは思えないくらいテンションが低いが、目が覚めたらはしゃぎだすはずだ。魔法学校に通うのを誰よりも楽しみにしていたのはアイツだからな。


「とぉーーーーー!!!」


 ほらな、言った通りだ。


「ぱぱ! がっこーだよ!」

「楽しみか?」

「うん!」


 足に纏わりついてくるリリィにぶつからないよう、注意しながら朝飯をテーブルに運ぶ。


「りりーもはこぶー♪」


 リリィがぴょんぴょん飛び跳ねて手を伸ばしてくるので、パンが入った籠を渡してやる。リリィは籠を受け取るなり顔を突っ込んて鼻を鳴らし始めた。


「いいにおい~♪」

「リリィ、冷めるぞー?」


 テーブルから呼びかけると、急いでリリィがやってくる。今日の朝飯はパンとベーコンエッグだ。リリィから籠を受け取り、パンの上にベーコンエッグを載せたら完成だが、勿論レタスも載せてやる。野菜も食べないと元気な子には育たないからな。


「ぱぱ、りりーやさいいらないよ」

「ダメだ。野菜も食べないと立派な魔法使いになれないぞ」

「ぶー……」

「ほれ、食べたら立派な魔法使いになれるパンだ」


 レタスを二枚に増量してやると、リリィは物凄く嫌そうな顔をした。

 リリィを引き取ったばかりの頃は無言で野菜も食べてたんだが、元気になるにつれて嫌がり始めた。まあ好き嫌いがあるのは良い事だ。だからと言って甘やかしたりもしないが。俺は親バカではないからな。


「よし。じゃあ頂きます」

「いただきまーす……」


 レタスなど気にせず口に放り込みながらリリィを観察する。リリィは最初こそレタスを口に入れないよう器用に避けながら食べていたが、やがて観念したのかぎゅっと目を閉じながらレタスも食べ始めた。


 野菜食べれて偉いぞ、リリィ。



「いってきまーす!」

「ああ、いってらっしゃい」


 元気良く歩き出すリリィの背中を見送り、俺は家に戻──る訳もなく、勿論後を追う。


 本人からすれば冒険のつもりらしく、頑なに一人で歩いていくと譲らなかったリリィだが、そもそも学校への道を覚えているかも怪しい。というか絶対に覚えていない。俺が後ろからサポートしなければ、学校に辿り着く事は絶対に不可能だろう。

 そもそも下級生一年目の間は基本的に親が送り迎えする事が推奨されているしな。リリィがハイエルフだという事を度外視しても、一人で行かせるのは論外と言える。


「久しぶりにやるか」


 ────透明化。及び、あらゆる気配の遮断。


 それは俺が習得している数多くの魔法の中でも最高ランクの習得難易度を誇るS級魔法。

 勿論学校で習うようなものではなく、一定以上の実力を持つ者しか入る事の出来ない魔法省の特別書物庫に収められている上級魔法書にのみ、その情報が記されている。会得した時点で他国への間諜として魔法省上級職員のポストが約束されるような代物だ。


「……もののついでだ、先生が鈍ってないか確かめてやる」


 透明化を見破るのは一流の魔法使いでないと難しい。人間の発する気配ではなく、体表に流れる極々微弱な魔力の流れを感知する必要があるからだ。

 だが、エスメラルダ先生がまだ現役だというならば俺の透明化にも気が付けるはず。教室に乗り込んでその辺りを確かめてみるのも面白いだろう。ついでにリリィの様子も確認出来るしな。ちゃんと他の子たちと仲良く出来るのか、不安にならないと言えば嘘になる。


 俺は一年振りに透明化の魔法を使い、小さくなるリリィの背中を追った。


 …………思い返せば、前回この魔法を使ったのはゼニスに住む人身売買の元締めをしていた薄汚い貴族を皆殺しにした時だった。奴らを殺したお陰でリリィは地下から解放されゲスの手に渡り、結果的に俺の娘になった。


 それがまさか一年後、母校の教室に忍び込む為に使う事になるんだから人生は何があるか分からない。

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