第19話 リリィ、ドレスに釘付け

 クリスタル・ドラゴンを倒した俺は、帰宅する前にエスメラルダ先生の店に寄っていた。借りていた魔法2輪車を返すためだ。


 表に2輪車を停めてクリスタル・ドラゴンを狩ってきた事を伝えると、先生は小さな紙を俺に寄越してきた。見れば簡素な地図が記載されている。放射状に広がる特徴的な道から、帝都の地図だと予想出来た。


「これは?」

「私の工房さね。ドラゴンの素材、まさかここで広げる訳にもいかないだろう?」


 込めた魔力の分だけ収納量が増える魔法鞄にクリスタル・ドラゴン2頭分の素材を突っ込んできたものの、エスメラルダ先生の店には10メートル級のドラゴンを広げられるスペースはどう考えても無かった。地図に記載されている場所で素材の受け渡しをするということらしい。


「…………実は2頭狩ってきちまったんだが大丈夫か? 1頭目は角まで破壊しちまってさ。2頭目探してたらこんな時間になっちまった」


 俺の言葉に、エスメラルダ先生は眉一つ動かさない。顔中に刻まれた深い皺はまるで巨木の表面のように泰然としている。


「10メートル程度だろう? 1頭増えた所で問題ないけれどね、そんな沢山持ってきてどうするつもりなんだい? ローブ1着作るだけなら片翼で十分だよ」

「そっちで引き取って貰う事は出来ないか?」

「馬鹿言うんじゃないよ。そんな金持ってるように見えるかい」

「持っていないのか?」

「持っているに決まってるじゃないか」

「…………おい」


 相変わらず、息をするように嘘をつく。


「だが、クリスタル・ドラゴンの素材に相場なんかないんだよ。市場に出回る事が殆ど無いからね。寿命を迎えた個体が運よく発見された時だけ、極少量が流れてくるのさ」

「そういうものなのか」


 魔法省で見た情報によるとクリスタル・ドラゴンの寿命は100年以上。個体数も多い訳ではないから、素材にお目にかかれる事なんてもう殆ど絶無に近いのではないか。


「有名ブランド工房に持ってきゃ言い値で買ってくれると思うけど、『フランシェ』が毎年自分とこの工房の技術力アピールの為にマジックドレスを発表してるから、一番高く買ってくれるのは『フランシェ』かもねえ。クリスタル・ドラゴンの素材を使ったドレスなんて、何よりの話題になるはずだからね」

「マジックドレスか…………」


 マジックドレスという言葉に聞き覚えはないが、恐らく魔法的な加護が施されたドレスの事だろう。戦闘においてドレスなど邪魔でしかない為恐らく見て楽しむ類のものだと思うが…………興味が無い訳ではない。


 クリスタル・ドラゴンの素材を使用した白銀のドレスを着たリリィを想像すると、ついにやけてしまう。喜ぶリリィの笑顔が目に浮かぶようだった。


「なら1頭は『フランシェ』に持ってく事にするか。金はいらないが、マジックドレスとやらには興味がある」


 そう言うと、先生は俺の脳内を見透かしたように笑みを作った。


「ヒッヒッ、悪ガキだったお前も変わるもんだねえ…………」

「別に、変わったつもりはないけどな」


 なにせ『神の使い』を1日に2頭も倒した男だ。

 グエナ村では今頃悪魔だと言われているかもしれない。




 翌日。


 リリィを連れて、俺は『フランシェ本店』を訪れていた。


 商業通りのメインストリート、その一番華やかな区画である高級ブランドが立ち並ぶ通りの一角にフランシェ本店はある。俺が学生時代やらかしてしまったという『ガトリン』本店跡地、現『ビットネ』本店の隣にあるのがフランシェ本店だ。

 石造や木造の武骨な建築物が多い帝都だが、この区画の建物は珍しい素材を使ったものが多く、見ているだけでも面白い。色とりどりの魔石が散りばめられたフランシェ本店はその最たる例で、女性人気が圧倒的に高いブランドとなっている。


「ク、クリスタル・ドラゴン…………ですか!?」

「そうだ。首から上は吹っ飛ばしちまったんだが、それ以外は綺麗に残ってる。引き取って貰いたいんだが」

「す、すいませんっ、少々お待ちください! 上の者に相談して参りますので…………!」


 圧倒的に見た目重視です、と言わんばかりのひらひら満載ローブに身を包んだ女性店員に話しかけると、店員は驚いた表情を浮かべ急いで奥に引っ込んでいった。


「ぱぱ、りりーあれみたい!」


 リリィがぐいっと俺の手を引っ張って声をあげる。リリィが指さす方向に目を向けると、広い店内の中央に真っ赤なドレスが飾られていた。店内は全体的にお洒落な雰囲気が漂っているが、中でもそのドレスは群を抜いているように思える。まるで貴族が着るような豪華なドレスだった。あれがマジックドレスとやらだろうか。


「よし、見に行ってみるか」

「おー!」


 ドレスの周りには手を触れられないようにロープで仕切りが作られていて、その周りを数人の女性客が囲んでいた。その誰もがうっとりした目でドレスを見つめている。俺は空いているスペースを見つけるとそこに並んだ。


「ふおぉおお…………!」


 恐らく人生で初めて見るドレスに、リリィは口を思いっきり開けて目を奪われている。気を抜くとロープの下を潜っていこうとするので、俺はぎゅっと手を握り直した。


「…………凄いな、これは」


 服にはあまり興味が無い為、例えばドレスに編み込まれている華柄の刺繍や、腰の辺りに付いているブーケのようなものがどれほどの技術の末に作られているのかは分からないが、そんな事など分からなくても声をあげてしまうくらいにはそのドレスは綺麗だった。随所に散りばめられている魔石もよく見れば緻密なカットが施されていて、見事にドレスの華やかさを際立たせている。


 「一般の服に比べて、魔法具の服はダサい」という当たり前でどうしようもない事実を覆してしまうような、そんなドレスだった。


「────お気に召されましたか?」


 背後から声を掛けられる。

 振り向くと、そこには先程の女性店員とエルフの女性が立っていた。服装からエルフの女性も店員だという事が分かる。エルフは人間より長寿で見た目の進行も遅く、その女性は人間であれば40歳ほどにしか見えないが、恐らく100年は生きているだろう。

 俺は一時期エルフの国に滞在していたことがあるからエルフの年齢当てには自信があった。


 エルフの女性が一歩前に進み口を開く。勿論髪は緑色だ。


「クリスタル・ドラゴンの素材を提供して下さるというのは、お客様で間違いないでしょうか?」

「そうだ。アンタは?」

「申し遅れました。『フランシェ』のメインデザイナーを務めさせて頂いております、オーレリアと申します」


 オーレリアは恭しく頭を下げた。


「メインデザイナー? なら、このドレスもアンタが?」

「はい。私がデザインさせて頂きました」

「凄いドレスだなこれは。アンタになら喜んで素材を提供したい」

「恐縮でございます。それでは、詳しい話をさせて頂きたいのですが奥によろしいでしょうか?」

「構わない────ほらリリィ、おねーさんと一緒に行くよ」

「ふおぉおお…………!」


 足が地面にくっついてしまったかのようにドレスの前から動こうとしないリリィを引きずって、俺はオーレリアの背中を追った。

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