オリジナル短編集

平井純諍

第1話 死刑 異世界への行き方

死刑


カシャンカシャン

カシャンカシャン


今日も男は首輪の位置を確認して身に付けている。

見えない糸が部屋の天井を貫いていく。そこから出社するべく鞄を手に取るとゆっくりと部屋の扉を開けた。


「やあ、おはよう」

隣に住む黒山さんが挨拶をしてきた。

「おはようございます」

男は律儀に頭を下げた。出社時間が被るらしくアパートを出るタイミングは一緒であった。

黒山さんにも首輪は繋がっていて、移動と共に空中にある見えない糸は移動している。

「今日も暑いね」

「暑いですね」

「こうも暑いと気が……!?」

突如として黒山さんの首輪が締まり出して、空中に吊り下げられた。

男は「ああ、またか」と冷めた顔をして黒山さんだったモノの隣を通り過ぎるとアパートの外を見渡した。


そこには夥しい数の死体が吊り下げられていた。

いつこの首輪が締まるか分からない。

それを人は「寿命」と言った。



異世界への行き方

やり方

1人でエレベーターに乗ります。

4階、2階、6階、2階、10階の順番にボタンを押して、移動します。

誰かが乗ってきたらやり直しです。

最後の10階に到着したら5階を押して移動します。

ここで女性が乗ってきますが、話しかけてはいけません。

1階を押して移動しますが1階には向かわず上に向かいます。

移動した先は異世界となります。自己責任で行ってください。


Aが妻を不慮の事故で喪ってから半年が経過した。

妻とは3年前に結婚したばかりであったが死別してしまった。

もはやこの世界に未練などないが全てを投げ打つ勇気もなく、こうして惰性で生きている。

そんな私に届いた差出人不明の「異世界への行き方」と題されたメールが届いた。


この世に未練はない

この異世界への行き方は自分にとっては非常に魅力的に思えた。

Aは仕事を片付けてから、10階以上ある自宅マンションに帰宅した。

妻と住んでいた為、独り暮らしには広い部屋である。

夕食を終えるとスマホに届いた「異世界への行き方」を読み返す。


やってみる価値はあるかもしれない

Aは徐に立ち上がるとヨレた仕事着のままエレベーターに向かい1階まで降りるとメールを片手に順番通りに階数を押した。

話の種になるだろう

5階に到着した時に髪の長い女性が乗ってきた。さすがに未練がないAでさえもこの時ばかりは驚嘆した。

(本当に乗ってきた。もう後戻りはできない)

1階を押す。

しかし、エレベーターは下には向かわず上に向かっていく。

ドキドキしながらも乗ってきた女性の後ろ姿を眺めていた。

どこかで見たことがある気がした。


エレベーターは開いた。

陰湿さイメージしていたがあまりに普通のエレベーターの出口だった。

「ここが異世界か否かか」

Aはゆっくりとエレベーターの外に出る。

同じエレベーターに乗っていた女性も一緒に降りてきたのか振り返ったAの前に立っている。


ピロン

スマホのメールが鳴った。

Aはスマホに目を落とすと目を疑った。それは亡くなった妻のアドレスから送信されていた。

「やっと逢えた……」

一緒に乗ってきた女性に目を見やると涙を溜めた妻だった。

気がつくとAは妻を抱きしめていた。


これは異世界の物語。

こちらの世界では亡くなったのは妻ではなくAが病死していた。

妻は偶然知った異世界への行き方を知り、別世界のAを呼び寄せた。

2人の絆の強さがこの物語を作ったのである。

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