第29話 オカルト部に入りたい

 春川遥の父親の仕事。

 それが今回の、すべての事象の「電源」となっている。


「……知ってる」


 下を向いたまま、春川は答える。

 部室の蛍光灯の光を受け、つやつやと金に輝く前髪がその表情を隠す。


「ここで、言ってもいいかな?」

「……うん」


 十日市は、淡々と語りだす。

 春風組と地平會の間で揉め事があったこと、春風組の総長が娘を心配したこと、下っ端の後藤龍雅に護衛を任せたこと、護衛の彼が、後ろからつける形で娘の安全を守っていたこと、そして、その「娘」が春川遥であること。

 俺は頬杖をついて、本仮屋はほえーと興味深そうに。

 春川遥は、俯いたまま十日市の言葉を聞く。


「……まぁ、そういうことで、足音や視線の原因は人間だったってことだね」


 十日市は全てを話し終わり、ふぅと一息ついた。

 全てを聞き終わった春川は、机の上を見つめたまま何やらぷるぷる震えている。


「……あの、遥ちゃん? 聞いてた、よね?」


 おいまさか、ここで寝てたってオチはないよな。結構重い話だったはずなんだけど……。「ふぇ……?」とか言ってむにゃむにゃ目を擦りながら顔を上げたら、色んな感情通り越して逆に好きになるまである。

 天然ドジっ子ツンデレキャラとしてのはるかたんを想像していると、次の一瞬、そんなどうしようもない妄想をぶち壊すように、春川が俯いたまま低く呻いた。


「あいつらぁぁぁっ……!」


 春川の声はけして大きいはずはないのに、狭い部室をびりびりと震わせる感触がある。

 感じるのは、確かな怒り。

 怯えや悲しみはほんの1gも含まれていない、ほとばしる真っ赤な感情。

 彼女がぱっと顔を上げると、決意と憤怒を灯した、星のように明るく輝く美しい瞳が見えた。

 あの時と、同じ目。


「……決めた。あいつらなんか、あたしがぶっ潰してやる」

「…………え……?」

「あたしが、春風組を、潰す。いつか、絶対に潰す。あたしをこんなに怖がらせたこと、絶対に許さない」


 彼女の強い瞳は、溢れそうなくらいの赤い決意によって紅く冴えわたっている。

 その目に、俺も、十日市も、本仮屋も、思わず息を呑んだ。


「あたしの話……、ちょっと聞いてくれる?」




「聞いての通り、あたしの父親は極道。それも組長で、腕っぷしだけでのし上がってきた人だった。あたしは、お父さんが世界で一番怖い」


 春川は、まるで独白のように、ぽつりぽつりと語る。


「怖くて怖くて、毎日怯えて、ずっと逃げてた。逃げるために、少しでも忘れているために、毎日遅くまで遊びまくって、大勢でとにかく騒いだ」


 春川遥という目の前の少女は、家庭や親、現実や恐怖から「逃げるため」「少しでも忘れているため」「紛らわすため」という、まるで麻薬のような目的でひたすらに人間関係を求めた。

 どんなに無為で、空虚で、上っ面のものでも、そうでもしないと、常に握りしめておかないと、現実が見えてしまうから。恐怖が追い付いてしまうから。

 なるほど、そりゃ空っぽなわけだ。

 確かに、「リア充」なわけがない。


「でも、城ケ崎と藤花が、なんていうか、心で、心から話すって感じ? まぁなんかイチャイチャしてたり、藤花が全然怖がらずに暗闇をずんずん進むのを見て、……逃げるのをやめて、空っぽなのも捨てて、こんなのが欲しい、って思った」


「恐怖」という電源から始まり、「空虚」という、これっぽちの電気も溜まらない、文字通り空っぽなコンデンサーを稼動させ続ける惨めな電気回路を、彼女はあのとき、確かに自分の手で引き千切ったのだ。

 そして、自分の父親が組長である「春風組」を、あまつさえ破壊するとまで言ってのけた春川。

「城ケ崎譲が苦手な女子ランキング」暫定一位の彼女には、もう一つ、「城ケ崎譲が思うかっこいい女子ランキング」一位の称号を与えよう。

 でも、その……、や、やめてよ……。その言い方、恥ずかしいだろ……。


「だから、私も、……この部活、入っていいですか?」


 春川が僅かに眉を寄せ、恐る恐る、遠慮がちに十日市に尋ねる。


「私はいいですよ、春川先輩が入っても」


 あどけない、それでいて温かい声音が、その場の空気をやわらかに解きほぐす。

 それはいつだか、もとかたんが俺に放ったセリフ。


「だって春川先輩、何だか面白そうですし!」


 どこまでも無邪気で、明るくて、可愛らしい満面の笑顔。

 それを見た春川の口元は一瞬だけ緩んだが、すぐに心配そうな表情になり、弱弱しい目で恐る恐る俺の方を見てくる。

 俺の意見を求めているのだろうが、俺はつい何日か前に入部したばかりだし、俺が意見するというのはなんだかとても図々しい。


 ぶっちゃけ、何でこんな部活入りたいのっていう疑問は尽きないけれど。


「俺に決定権なんてないけど、まぁ、俺は別に、いいけど」


 どうにも気恥ずかしいので、窓の外に浮かぶ雲を眺めながら。

 べっ、別に、あんたに入って欲しいわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!


「ほっ、ほんと……? 親が、ヤクザでも……?」


 直視することを憚ったのか、前髪の隙間からそっと覗かせる濡れた瞳は、遠くの星のように淡く光って見えた。

 そんな彼女に対して、俺が言えることは一つしかない。


「……親のことなんて関係ないし、どーでもいい。お前はお前だ」


 俺は俺で、藤花は藤花。本加は本加で、遥は遥。……ん? 遥わ遥?

 いずれにせよ、最終決定権はオカルト部部長、十日市藤花にある。

 その十日市を見ると、彼女は目を閉じて一度だけうんと頷き、


「……決まりだね。……では、春川遥さん、オカルト部一同、あなたの入部を心から歓迎します!」


 それに対し春川は、嗚咽の混じりの、本当に嬉しそうな声で。


「〰〰〰〰〰ッ! はいっ!」


 心からの笑顔で、心からの返事をした。


「……でも遥ちゃん、一つだけはっきりさせておくね?」

「え?」

「私と城ケ崎君はイチャイチャなんてしてないから。それだけ訂正してね?」


 ……ちょ、おい、雰囲気雰囲気!

 何でそこに喰いつくんだよ! そんな頑なに否定しなくてもいいだろ! 俺はイチャイチャしたいの! 人の気持ち、もっと考えてよ! なんで色んなことがわかるのにそれが分からないの!?


「……えっと、あ、はい」

「それと、入部届出さないとだから、……あ、場所分かる?」

「あー、俺が連れてくわ」

「えやだよそんなんヤダヤダヤダヤダ」


 えーなんでそんな嫌がるんですか? 俺のことそんなに嫌ですか? さっきのも親切で言ったんですよ? ……ちょ、やめっ……ゴミを見るような目やめろ!


「二人とも好き嫌いしない」

「「……」」


 部長に、春川を好きになることも嫌いになることも禁止されました。これはもう許されざる禁断の恋の予感ですね。いや違いますね。

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