第23話 時を止めるとかありえない

 身を乗り出し、机の上のスマホの画面を覗く。


「……ッ!?」


 これは……ッ!?

 七時を知らせる電子画面の上に、何やらのようなものが。


「えッ!?」


 自分の視覚がとても信じられなくて、俺は手を伸ばしてスマホを掴む。

 ガシッと、掴んだような気がしたのだが、スマホは


「……えっ!? ちょっ、おい!」


 掴んだスマホにガシガシと力を込めてみるのだが、その薄い重量片は全く動かず、それどころか

 どうなってんだ!? どういうことだ!?

 恐る恐る手を広げてみると、紫色の花のマークはまだそこにあった。

 しかし、先ほどまでとどこか違う。どこか違う気がする。

 これが!? これが一体何なんだ!?


「!」


 突然、マークの花から、はらりと、花びらが一枚離れた。

 花に残っている花びらは、あと一枚のみ。

 ……そのままじっと眺めていると、その最後の花びらもふっと離れ。

 紫の花のマークは、空気に溶けるようにさらさらと消えていった。

 きっ、消えた……! 何? なんだ? 何が起こってるんだ?

 ゆっくりと手を伸ばし、俺はスマホを掴もうとする。

 しかし、その手の平に。


「……!」


 紫に淡く輝く花びらが、二枚くっ付いているのが見えた。

 こっ、これは……!?

 その花びらも、手の中で微細な紫の光の粒子となって、さらりと空気に溶けていく。

 これは一体なんなんだ!? どうしてこんなことが起こっている!?

 何も起きないように、まるで寝ている何かを起こさないようにそーっとスマホを掴むと、今度はちゃんと

 ……!?

 え? え? え? え?

 どどどどどーゆーこと!?

 ……いや待て、いったん状況を整理しよう。

 そう、これは、恐らく『チート』だ。もはやそうとしか考えられない。そうとするしか結論付けられない。

 まずは、状況の整理。現状の正しい確認と把握。

 最初に、俺は夢を見ていた。天才高校生探偵として、事件を解決した。……いや、全然解決してねぇ。犯人はこの中にいるとか誰でも分かってるだろ。そもそも周りの人たちちょっとおかしかったし。

 ……で、それで? 目覚ましだ。目覚ましが鳴った。


「……はっ!」


 そうだ。

 、と思ったんだ。

 何もしてないのに、誰もスマホに触れていないのに。

 目覚ましは、

 ? ……なぜ?

 それはおそらく、あの「紫色の花」の効果。

 物体に貼り付き、発動する。それが俺の『マクスウェル』。

 同じくして「紫色の花」が目覚ましを止めたとすると、あの「花」は『マクスウェル』の別の能力、ということになる。

『チート』と考えるなら、アレが何かしらの効果をもたらしたに違いない。

 では、どんな効果?

 目覚ましオフ機能? それはさすがに『チート』じゃない。弱すぎるしいらん。

 音を消す? それなら、どうしてスマホが動かなかったのか説明できない。

 ……いや。

 ……、のか……?

 あの「紫色の花」の印が目覚ましを、いや、スマホ自体を、というのか!?

 そうだとしたら……もし仮にそうだとしたら、全く動かなかったのも頷けるし、目覚ましが「止まった」のも辻褄が合う。

 ……いや、でも……!


「嘘だろ……?」


 俺さ、俺。

 ……俺って、時まで止められるようになったのか!?

 いや嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 いやいやいやいやいやいやいや!

 まさかまさかまさか!

 それは違うじゃん! もう『チート』じゃないじゃん!

『マクスウェル』貰うときも思ったけど、だからこれ神なんだって!

 おいマジでおかしいだろ! どうかしてるぞ!

 さすがにねー、さすがにと頭の中で繰り返しながら、とりあえず机の上にあった「このすば」二巻を手に取る。

 ……なぁ城ケ崎譲、お前の言うことが本当なら、本当にって言うんなら!

 俺は、ラノベを真上にぽんと放り投げる。

 このすば二巻は! めぐみんは! 空中でってことだよな!?


「ザ・ワールド!」

「バサッ」


 ……ん? あれ?

 えと……「ザ・ワールド」じゃダメってことかな?

 地面にぐしゃっと落ちたこのすばを拾い上げ、再び投げ上げる。

 鉛直投げ上げ運動の最高点に達し、いよいよ落下し始めたところで。


「止まれ!」


 言った瞬間。

 表紙のちょうど真ん中あたりに、紫色の花がぱぁっと咲き。

 空中で、止まった。


「……!」


 一秒、二秒、三秒、四秒。

 このすば二巻は、目の前の空中でぴたりと静止したまま動かない。

 ……と、止まった……!

 じゃあ、ガチだ、これは……!

 ……!

 最後の花びらが離れ、ひらひらと宙を舞う。


「バサッ」


 それと同時に、思い出したかのように落下を始めた物体が地面に辿り着いた音。




 次に掴んだのは枕。

 時を止めたらまずやりたいことは何か?

 そう、「時は再び動き始める」っていうアレ。

 止まった時の中での攻撃が、時が動き出したときに一気にぶっ放されるアレだ。

 さすがにめぐみんは殴れないので、俺は枕を上に放り投げた。


「止まれ!」


 クリーム色の表面に紫色の花の絵が咲き、枕は空中で静止する。

 一枚目の花びらが、ふっと舞った。

 そのまま、二枚目、三枚目と花びらが散っていく。

 ……そうか。

 つまり、この花びらは、この時間間隔は。

 心の中で「一秒」のカウントを始める。残された三枚の花弁は、俺の心のリズムにシンクロするようにして、一枚、また一枚と離れた。

 最後の花びらが離れた瞬間、枕が地面に落ちる。

 ……そういうことか。

 時を止めて一秒経つごとに、花びらが一枚ずつ散る。

 見たところ、花弁は全部で六枚。

 六枚の花弁が全部散るまで、物体の時は止まったまま。

 ならば、物体の時を六秒間止められる、ということだ。


 ……ちょっと待て。

 いやあの、マジで待って。お願いだから、ほんのちょっとだけ待って。

 ……え?

 ……俺、……人間やめてない?

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