第12話 春川の悩みを解決したい

「春川、遥さんね。今日は、どんな用件でここへ来たの?」

「相談。あの、受け付けてるってヤツ」


 春川の声は、心なしかいつもより元気がないように思えた。

 昼休み、俺に「おいしい牛乳」を顔に吹き出されてガチギレした威勢はどこに行ったのか。アレ、俺が悪いんじゃないんだからね? 笑わせてきたあいつらが悪いんだからね? でも反省はしてます。

 何はともあれ、彼女はここへ「相談」をしにきたので、当然そのことで絶賛お悩み中なのだろう。


「早速か……」

「じゃあ、ゆっくりでいいから、私たちに話してもらえる?」

「ええ!? コイツにも!?」


 俺に指さすな、お行儀の悪い。


「もちろん。彼も立派なオカルト部員だからね」

「あんた、オカルト部……!?」


 春川が、殺人現場を目撃したかのような衝撃的な表情で俺を見る。


「何だよ、変か? 昨日入ったんだよ。何なら今からでも辞めれる」

「やめて! 冗談でもやめて!」

「大丈夫だよ。……まぁ別に、話しづらいなら俺外行くけど」

「いやいい。……じゃあ、話すね」


 居住まいを正した春川に合わせて、俺と十日市も座りなおす。


「……すごく、言いにくいことなんだけど……」


 春川がふっと下を向いて、今にも消えそうな声で言った。


「あたし……何だか、後ろから見られてる気がするの」

「見られてる……?」

「学校来るときとか、特に帰り道。視線も感じるし、足音だって聞こえるのに、振り返ったら誰もいないの」

「………」


 自意識過剰と言いたいところだが、何だかこれは違うんじゃないか・・・?


「足音に視線……。いつから? 具体的には?」


 やべ、俺真面目に話聞いちゃってるよ。真面目に「オカルト部」しちゃってるよ。


「二日前から。帰り道でね、友達といる時はダイジョブなんだけど、一人になった瞬間に、後ろからヒタヒタ聞こえてきて、もう……」

「わっ分かった、大丈夫だ」


 こっわ! いや、こっわ!

 っべー、マジに鳥肌立った。怖すぎだろ。やだな~、怖いな~。

 しかし、当の本人はもっと怖い思いをしている。それは、俺も十日市も分かっていることだ。もちろん稲川さんも。

 十日市が、微笑みかけるように優しく語り掛ける。


「春川さん、もう心配しなくていいよ。どんな霊の仕業でも、私たちオカルト部が解決してみせるから!」

「ほんとう……?」

「うん、本当!」


 消え入りそうな春川の声を、十日市の明るい声が繋ぎとめる。

 その時の十日市は、まるで太陽のような優しい輝きを持っていた。


「……ありがとう」

「じゃあ、具体的に調査に入るね。それで、どんな霊か突き止めるから」

「まー、霊の仕業とも限らないけどな」

「それを確かめるのが「勝負」でしょ?」

「……そうか、そうだな」


 それを確かめるのが俺の役目であり、「勝負」だ。

 しかし、俺たちの信条や勝負を抜きにしても、この春川遥は助けてやりたいと少しだけ思った。

 それほどまでに今目の前の春川は、何とも頼りなさげな弱り切った顔をしていてちょっと心配になる。


「お前よ、なんだってそんな悩み抱えてんだよ。言ってくれたらもうちょっと優しくしたのに」

「……じゃあ、優しくして」

「お、おう」

「……あと」

「あと?」

「……昼休み」

「なっ!? ちゃんと謝ったじゃん!」

「顔に牛乳かけたのは許すけど、……その後、男子とガ〇シャガ〇シャ騒いでたよね」

「あ……」


 騒ぎましたね、ハイ、騒ぎました。済みませんでした。


「ガ〇シャ? って何?」

「あ、アレだ、えっと、なに、そう、それ。それだよそれ、よく分かったな」

「私、何も言ってないけど」


 ガ〇シャも知らないような、こんな純粋な子に教えるわけにはいかない。

 言わば十日市は、穢してはならない聖なる存在なのだ(俺の中で)。


「まぁ、知らなくていい。……とりあえず、ごめんなさい」

「……よろしい」


 俺の罪が許されたところで、十日市は先ほどまで二人で眺めていた妖怪図鑑に手を伸ばし、ぺらぺらと捲る。


「……あった。ここ見てみて」


 開かれたページの中央には、大きな口の付いた球体から足が生えたような妖怪が、女の子の後を付けながら醜く嗤う絵が描かれていた。


「ひっ!」

「……べとべと、さん?」

「城ケ崎君、読んでみてよ」

「……音だけの存在で姿は見えない妖怪。……夜道を歩く人間の後ろを「べとっ、べとっ」と濡れたような足音を響かせながら……足音が常に後ろから聞こえてきて不気味に感じるが、べとべとさんは後をつけるだけの妖怪なので、直接危害を加えてくる事はなく……」

「私はこの妖怪のせいだと思うんだけど」


 確かに、名前だけならちょっとエロいこの妖怪の仕業だとすれば春川の証言とはほぼ一致する。

 俺は尚も、残りの記述を読み上げる。


「足音がしたら、道の端に寄り、「べとべとさん、先へおこし」と言うと足音はしなくなる……これか」

「そうすれば……そうすれば、足音はしなくなるの?」

「そうみたいだな。……まぁ、妖怪がいればな」

「え?」


 春川の表情が途端に曇り、戸惑いと不安がありありと現れた。


「妖怪がいればそれで解決するだろ。……でも俺は、そんなのはいないと思ってる」

「ど、どういうこと・・・?」

「私たちね、ある「勝負」をしてるの。この人が幽霊とか妖怪がいないことを証明できたらこの人の勝ち、でも本当はいるから私の勝ち」


 ちょっと待って、何勝手に決着つけてんですか。


「まぁ普通に考えて俺の勝ちは決まってるけど、その勝負では妖怪や幽霊の存在の不可能性を証明するのが俺の勝利条件だ」

「じゃっ、じゃあどうするのよ!」

「だから俺は、お前がにつけられていると思って動く」

「にっ……!」


 生々しいイメージを突き付けられた春川の表情が一瞬で強張る。

 ――話を聞いたところ、どうにもコイツの自意識過剰には収まらない。

 考えられるのは、コイツが精神科にお世話になった方がいいくらいのストレスを抱えているか、或いは自分ではない他の誰かによって苦しめられているかのどちらかだ。

 前者の方はお医者様に任せるとして、俺が解決するのは後者。

 ちょうど、おあつらえ向きの「チート」も持ってるしな。








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