第30話 クラス3ハイ・サモナー:妖精姫《リリィ》個人戦2

「ぅぉぁぁぁ……ッ!!」


 死の気配から遠ざかるべく無理矢理にでも体を傾けさせると、俺の傍らを白線が通過した。きっと、スケルトンの装備が両手盾だったのも守備力の高さだけを狙ったものではなく、盾の後ろ……死角からこの攻撃を繰り出す為だったのだろう。


「今のを、避けるんだっ? これでもクラス2相手にも有効な初見殺しなんだけどな。」

「試合を始まって1分足らずで終わらせちゃあ、観客に申し訳無いから、ねぇ……っ!」


 距離を置いて体勢を整えながらも強がってみせるが、今のを避けられたのは何よりも運による所が大きい。もう一度同じ状況で攻撃されたなら……果たして避けられるだろうか。

 それに、避けるためとはいえ想定よりも早くに1つ目の切り札を切ってしまったのも痛い。ハズレアの『ストックウォッチ』、思考の2段階加速が戦闘中に使えるのは残り1、2回だろう。あと、そうだ。これだけは妖精姫に言っておかなければならない。


「なぁ、ホーンラビット召喚時に『召喚』の掛け声が聞こえなかった気がするんだが?」

「そうだったかしら? うっかり言い忘れちゃったみたいね。」


 なにが『言い忘れた』だ、白々しい! 1体目の召喚獣召喚時に敢えて掛け声を行っていたのは、それ以降に『召喚』の掛け声が発されるまで『新たな召喚はされていない』と思考誘導する為だろう。

 そう。白線の正体、それはクラス1最下位の召喚獣『ホーンラビット』による突進だったのだ。ダンジョン初心者でも倒せる強さしか持ち得ないホーンラビットは本来であればこのような速度で突進してきたりはしない。スケルトンの頑強さにホーンラビットの速度。常軌を逸したこの2つの強さのカラクリは……。


「召喚獣に妖精模様・・・・を刻んだりして悪影響デメリットはないのか?」

「……よく気付いたわね。」


 これまで露呈したこと無かったんだけどな、と続けて妖精姫。召喚獣の中でもとりわけ魔法に長けている妖精は魔法だけでなく魔道具にも熟達している。例えばそう、俺が愛用している妖精丸薬は刻まれた妖精模様が効能・・に作用しているわけだが……それならば、召喚獣に対して模様を刻めば召喚獣の性能・・に作用するんじゃないか、と言う事なのだろう。理屈は分かる。分かるが……それは、余りにも反則的過ぎるのではないだろうか?


(それってつまり、妖精姫の召喚獣はどれも召喚コスト以上に強いってことだろ?)


 1枠はフェアリーで埋まっているとしても残り2体の召喚枠。その2枠もが同様の強化をされているのだとしたら……確かに、フェアリークラス3が出るまでもなく試合は終わってしまうだろう。


悪影響デメリットね……あるわよ、勿論。 特にホーンラビットは模様を刻める場所が小さな角だけだから、強力な模様を刻む必要があって。」


 朗々と説明を続ける妖精姫の影では常にホーンラビットが死角に回り込む動きを見せている。跳ねて移動する性質上、直線的な攻撃手段しか持ち得ないのでこのような運用になっているのだとは思うが、だとしてもそれをハイスピードでやられるのは溜まったものでは無い。

 それに妖精姫の解説、これも律儀さからと言うよりは俺の関心を散らすのが狙いだろうか?だとしたら大成功だよ。


(優勢の天秤が早くも拮抗している気がする。)


 このまま守勢に回り続けていてはフェアリーに蹂躙される未来しか見えない。それならば召喚維持コストにより新たな召喚の心配がない今攻めきるしかないだろう。

 リング中央で対峙している俺と妖精姫の拮抗を、ここで崩す。



「そいっ!」

「gigaga!」


 まずは投げナイフ2本による牽制攻撃。1本目はスケルトンに、2本目は妖精姫を狙ってみるがいずれも大した成果は得られない。当然のようにスケルトンは盾で防ぎ、妖精姫も冷静に半歩ズレるだけで回避したのだ。クラス3ともなるとある程度は自前で対処できるらしい。OKOK、これはただの確認だから。どうせ効果ないって分かっていたから。


「ちょっと。 私の話、聞く気あるの?」

「ちゃんと聞いているさ。 それで結局、ホーンラビットの悪影響デメリットってなんなんだっ?」


 ただ、そんな俺からのダイレクトアタックに別角度からの難色を示した妖精姫。案外、妖精姫の解説に裏は無かったのかもしれない。強者の余裕か、それとも単なる口元の暇つぶしか。どちらにせよ付け入る隙があるなら構わない。あとはこのスケルトンをどうするか、だが……この練度のスケルトンが相手では前回みたいな『骨抜き』は難しいだろうなあ。



(仕方ない。 スケルトンの無力化は諦める、か……っ!)


 ホーンラビットの動きを意識しながらもスケルトンへと肉薄。これほど接敵してしまえば妖精姫からは俺の姿が殆ど見えないだろう。


「giiii……」


 眼球も無ければ脳も無く、当然のように表情筋もない骨だけの顔がそれでも接近に対して嫌がる素振りを見せてくる。物理攻撃手段に乏しいから油断していたが、だからって精神攻撃で仕掛けてくるのは卑怯だろ。召喚術師の影響を受けた召喚獣はこういう所が人間臭いので、女性の顔色よりも分かりやすいんだよな。



 さて、スケルトンと言えば胸部にある魔石が全ての動力源になっている訳だが、それならばスケルトンの視界は胸部にあるのだろうか?答えはノーだ。魔石はあくまでも動力源であり、魔石から発された魔力がスケルトンの眼球部分に擬似的な視界を生み出している。


 これは眼球を持たないモンスターが備えている能力の一種であるが、ここで重要なのは『スケルトンの視界は人間と違う』と言うこと。妖精姫に見られないようにポーチから取り出したローブをスケルトンの左手へ投擲、俺自身は右手へと移動すると……スケルトンはローブを阻むように左手に移動した。



「なんで……っ!?」


 そうして開けた道を前に、ここ一番の驚きの表情を見せた妖精姫。

 なんてことはない。スケルトンの視界が実質的な視力より魔力の濃淡で物事を捉えているせいで、魔力含有量の多いローブを俺と誤認したのである。骨以外何もないのだからスケルトンの頭部にあるのは正しく節穴なんだよな。


「! もしかして、溜めていた魔力を全て捨てたの!?」

「こちとら魔道具師なものでね、魔力がなくたって戦えるのさ!」


 そう、誤認させる為とはいえ俺はこの試合中溜め込んでいた全ての魔力をローブにつぎ込んでしまったのである。これで魔力量と言うアドバンテージは消えるが、妖精姫との間の距離は潰せる。


 ただし、ここから暫くは魔力による身体能力ブーストを失って生身での戦闘だ。妖精姫が小麦ぐらい動ける召喚術師だったら……終わりだな。

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