第3話
すると美咲が、スマホで何やら写真を撮っているのに気が付く。
(全く……自分なんか撮って、楽しいものなのかね?)
首を傾げて視線を植物に移そうとして、どうやらそのカメラのレンズが自分に向いている事に気付いた。
夢中になって写真を撮っている美咲に近付くと、スマホを美咲から奪い取り
「何をしている?」
と呟くと、画面に映し出されている自分の顔を見て眉間にシワを寄せた。
「え?折角だから、教授と記念撮影?」
悪怯れず笑う美咲に、恭介は深い溜め息を吐く。そして自分が写っている画像データを全て消していると
「ええ!なんで消すんですか?」
美咲が悲しそうに叫んだ。
「あのな!」
怒ろうとして美咲の顔を見ると、美咲が感無量の顔で恭介を見つめている。
その顔に驚いて
「なんだ?」
と聞くと
「教授が……私のスマホを触ってる」
って呟いた。
その言葉に慌ててスマホを美咲に突き返すと、美咲は恭介の手をスマホごと握り締めて
「教授の手だ!大きい!カッコいい!」
そう言って満面の笑顔を恭介に向けた。
恭介は慌てて手を振り払うと、頭を抱えた。
「藤野君……俺を揶揄うのもいい加減にしてくれないか?」
ほとほと困ったように呟かれ、美咲は疑問の視線を投げる。
「揶揄う?」
「そうだ。きみ、年齢はいくつ?」
「え?今年、22歳です」
「そうだよな?俺は35歳だ」
「見えないですよね〜。そして、今や在来植物の権威として、32歳の若さで異例の教授に抜擢。超カッコいい!」
美咲は自分で言いながら、テンションが段々と上がっていく。
恭介は、美咲が自分に対して「かっこいい!」を連発するのが堪らなく嫌だった。
恭介には秘密があった。
それは、教授になる前の記憶が2年間すっぽり消えている事。
それが心の中に空洞を作り、誰に対しても興味が持てない。
在来植物を探しているのも、それが自分の抜け落ちた2年間の糸口を見つけ出せるような気がしているからなのだ。
そんな自分をかっこいいと表現する美咲に、恭介はどこか苦手意識を持っていた。
そんな事を考えていると、美咲は何を思ったのか
「あ!誤解しないで下さいね。私が好きなのは、教授の肩書なんかじゃないので!私は教授が学生だったとしても……ううん。たとえヒモでも、浮浪者でも……」
そう言うと、大きく息を吸って
「好きで〜す!」
と、叫んだ。
すると、森の中の鳥達が美咲の大声に驚いて、音を立てて飛び立った。
恭介は、慌てて美咲の口に手を当てて押さえると
「森の中で騒ぐな!」
そう注意した。
すると美咲は目を輝かせて恭介を見ている。
恭介は(まさか……)と思いながら、慌てて美咲の口を押さえていた手を離すと
「今、教授の手にキスしちゃった。教授、私、教授のキスならいつでもwell comeです!」
と言って、恭介の胸元を掴んで瞳を閉じた。
恭介は頭を抱えて
(勘弁してくれ……)
そう心の中で呟き、美咲の身体を引き剥がす。
今まで、キスを求めて拒否された事の無かった美咲は、恭介の行動がわからなかった。
何故、こんなにも自分を拒否するのか?
何故、こんなにも好きな気持ちが分かってもらえないのか……?
引き剥がされた哀しさに、唇を噛み締めた。
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