風の声 森の唄

第1話 始まり

そこはある山の奥深い山道。

その山には龍神神社が祀られており、整備された山道を、1人の可愛らしい少女が山道を歩くには不似合いなおしゃれをした姿で走っていた。

身長は160㎝前後で細身。

顔立ちは小さな顔にクリクリの大きな瞳が印象的な可愛らしい顔立ちをしている。

ショートカットを茶色に染め、薄地のジャケットにミニスカートをはいて、ブーツという出で立ちで山道を走り続ける。

少女の名前は藤野美咲。

美咲は龍神神社に着くと、鳥居を見上げて微笑み、ゆっくりと神社の裏側へと回り込む。

神社の裏の先には、舗装されていない獣道が続いており、その森の中で草を見ている背中を見つけて笑顔を浮かべる。

髪の毛はボサボサで無精髭を生やし、9月最終日の木漏れ日が差す温かい日差しを背に、焦げ茶色の長袖Tシャツにジーンズ姿で座る男の背中目掛けて

「ふ〜た〜ば〜きょ〜じゅ♡」

と叫んで背中に抱き着く。

抱き着かれた男は、勢い余って前につんのめった。男の名前は、双葉恭介。

「ふ〜じ〜の〜君！いきなり後ろからタックルするのは止めてくれないか？」

土で汚れた手を払い、切れ長の目に掛けられた眼鏡をクイッと人差し指で押し上げる。

抱き着かれた恭介は30代くらいの年齢で、ボサボサの頭と無精髭さえなければ、かなり綺麗な顔立ちをしていた。

小さな卵型の顔立ちに、切れ長の目に鼻筋の通った高くて綺麗な鼻。

薄く引き締まった唇。

きっと身綺麗にしていたらモテそうな容姿をしているにもかかわらず、決してお洒落もせずに研究に没頭している変わり者だった。

そんな恭介に抱き着いている美咲を、恭介は鬱陶しそうに自分の背中から引き剥がし

「それで？なんの用だ？」

と冷たく言い放つ。

そんな恭介に、美咲は笑顔を浮かべて

「え〜！今日、デートする約束だったじゃないですか？」

と、答えた。

恭介は一瞬眉をピクリと動かすと

「約束した覚えは無い！」

そう答えて美咲に背を向ける。

「え〜！忘れたんですか？」

美咲は恭介の冷たい態度を無視して

「では、再現VTRどうぞ！」

と叫ぶと

「ふ〜た〜ば〜教授♡教授、今度の日曜日、映画を観に行きませんか？」

と笑顔で言い出した。

恭介が突然の事に唖然とした顔で美咲を見ていると、笑顔で

「はい、次の台詞」

って催促をした。

恭介は呆れた顔をすると、美咲に背中を向けて歩き出そうとしたが、美咲は恭介の背中を掴んで

「台詞！」

と叫ぶ。

恭介が大きな溜息を吐いて

「予定がある」

そう答えると、満面の笑顔を浮かべたまま

「それって、いつもの山に行くんですよね？じゃあ、夕方には終わるじゃ無いですか。その後、一緒に映画を観に行きませんか？この映画、今、物凄く人気が有るんですって」

と言うと、恭介にチケットを手渡した。

恭介は鬱陶しそうな顔をしてチケットを見ると

「へぇ…」

とだけ答えて、美咲にチケットを放り投げて返す。美咲はチケットを慌てて受け取り、胸の前で握り締めると

「素敵なラブストーリーで、絶対に泣けるんですって。教授、一緒に観に行きましょうよ〜」

って言いながら、負けじと恭介のシャツの袖を掴んで上目遣いで見つめた。

そして次の言葉を促すように手を出すと

「はい」

っと言って黙っている。

そんな美咲に呆れた顔をしていると

「何してるんですか？次の台詞！」

と怒られてしまう。

恭介は再び大きな溜め息を吐き

「予定が空いてたらな」

そう答えて美咲の手を振り払い、森の奥へと歩き出した。

「ちょっと待って下さいよ！」

足早に立ち去ろうとする恭介の腕を、必死に掴む美咲に

「藤野君もいい加減しつこいな！見てわからないのか？俺は今、在来植物を探してるんだよ！」

そう叫んだ。

「でも、今の再現で思い出しましたよね？」

「何をだ？」

「私と映画を観に行く約束してましたよね？」

必死に言われて、恭介は深い溜息を吐いた。

「藤野君。俺は今、何をしている？」

「在来植物を探してます」

「そうだよな。暇に見えるか？」

「でも、もう日が暮れますよ。そろそろ下山する時間ですよね」

にっこりと笑顔で言われ、恭介は再び溜息を吐くと

「自宅に戻ったら戻ったで、仕事があるんだ。だから、予定は空いていない！」

そう叫んだ。

物凄い剣幕で怒鳴られ美咲が俯いた。

（これで大人しく帰るだろう）

恭介はそう思い、美咲に背を向けて歩き出そうと一歩足を踏み出した瞬間

「かっこいい！『自宅に戻ったら仕事があるんだ！だから予定は空いていない！』だって！ヤバイ！超かっこいい！」

そう叫ぶと、恭介に走り寄り

「じゃあ、邪魔しないから、そばに居ても良いですか？」

と言われてしまった。