第25話 も~っと好きぃ

「スモール……レギュラー……?」


 きょとんとした、究極綺麗な瞳がかわいい、加賀美さん。


 想い人の初めての注文を受ける栄誉を噛み締めながら、俺は説明する。


「スモールは、レギュラーサイズに比べて少し小さめになっております。気になる味が複数おありでしたら、サイズをスモールにして、アイスを二種類……ダブルで注文することもできますよ」


 ちらりと視線をジャモカアーモンドファッジに向けながら、勧める。

 あんなにガン見してたんだ、本当は食べたいんじゃないかな。

 そこでどうして、抹茶をチョイスしたのかは知らないけどさ。


「スモール……ダブル……?」


 しばし唸っていた加賀美さんは、迷いを振り切るかのように、首をふるふると横に振って、注文する。


「今日は、ひとつで。抹茶のスモールをお願いします」


 俺は目を見開く。

 

(『今日は』……今日は、って言った? もしかして、明日も来てくれるの?)


 いや。明日とは限らないけどさ。

 お小遣いかな? 何かの事情があって、今日はひとつにするらしい。

 でも、近いうちにまた来てくれそうなその台詞に、心の中で歓喜する。



 『明日も来てもいいですか?』



 一瞬。坂巻の言葉が浮かんだ。


(そっか。好きな人にまた会えるのが嬉しい、って、こういう気持ちなのか)


 それをまさか、苦手だったはずの坂巻から教わることになるなんて。

 そうだよな。人を好きになるのに、オタクもギャルも関係ないもんな。

 俺は、頭の片隅でほんのり考えを改める。


「かしこまりました。では、お作り致します。コーンとカップは、どちらになさいますか?」


 右手と左手に、それぞれコーンとカップを握って見せると、加賀美さんはコーンを指差した。


「コーンで」


「かしこまりました」


 ああ。こんなに心地の良い「コーンで」。今まで聞いたことがない。


 『好きな人フィルター』にまみれ切っているであろう耳に届く、澄んだ声音に癒されながら、俺はアイスを用意して会計を待った。


 レジを打つ荻野の横でそわそわと、気持ちサービスおおめに盛ったアイスを手にし、その様子を眺める。無論、推し味である、ホッピングシャワーを添えて。


 加賀美さん、お財布がま口、可愛いな。(真壁、心の俳句集より)


 支払いを済ませた加賀美さんが、しなやかな指先で俺の手からアイスを受け取る。


「こちら、ホッピングシャワーのワンスプーンサービスでございます。ごゆっくりどうぞ」


 艶のある緑色が鮮やかなアイスに、加賀美さんの瞳はほんのり輝いた。


 ああ。俺、このバイトしててよかったな。


  ◇


 加賀美さんが店を去って、それからしばらくお客さんの波が来て、閉店時刻が近づいて来る。


 すっかり落ち着いた店内で洗い物などをしながら、荻野がぽつりと呟く。


「……可愛かったね。あの子」


「え?」


 きょとんとしていると、荻野はもどかしそうに視線をこちらに向けた。


「今日来た、真壁の好きな人。あの子でしょ? 黒髪の綺麗な、今日唯一、抹茶頼んだ子。がっちがっちに緊張しまくりな接客しちゃってさ。丸わかりだっつーの」


「ああ、バレた……?」


「好きな人の特徴話してた、矢先だもんね。そりゃあ気づくよ。にしても、あの子……やっぱ可愛かったよなぁ」


「言っておくけど、ライバルが増えるのはごめんなんですけど」


「あたしが誰を狙おうが、真壁にとやかく言われる義理はないよ」


「ごもっともで」


「それに、あたしは六美さんが好きだ。六美さんを愛してる。六美さんといい感じになりたいし、甘えたいし、甘えられたいし、最終的にイチャついて、あのおっぱいに埋もれたい。いくらあの子が可愛くても、それは変わらない」


「あ。ハイ。サーセン」


 好きな人を語る、オタク特有の早口。

 それは古今東西、オタクもギャルも、元バンギャも一緒らしい。


「ちなみにさ、六美さんのあのおっぱいって、何カップ?」


「言うかボケ」


 Gだよ。G。


「知るかボケ、じゃ、ないんだな?」


「チッ」


 バレたか。聡い奴め。


 数年前に、庭木の枝切りを頼まれたとき、落ちてきた洗濯物を見てしまったことがある。「ごめ~ん! ゆっきぃ、飛んじゃう前に拾って~!」って。

 あれは不可抗力。

 高校の時点でGだから、今は、もっとか……? やべぇ。

 ふふ、こないだ押し付けられちった。


「あ。その顔、やっぱ知ってんでしょ!? 教えろ! 教えろ~!!」


「おいやめろ! じゃれつくな、当たったらどーする!」


 俺は嬉しいけど。

 でも、それとこれとは別でしょう。


「一応女子なら、もうちょい恥じらいってもんを――!」


「え。何? 胸当てたら教えてくれんの? あたしは別に、真壁ならいーけど。ほれほれ」


 むに、むにっ。


 想定外。荻野が抱きついてきた。


 えっ。こいつマジ? 

 あっ、ちょ。思ったより柔い……


「やめっ、やめっ……!」


(ちょ、荻野ぉォオオ――!)


 結局、俺には荻野がレズなのかバイなのか測りかねていた。

 だって、元はヴィジュアル系の男性ボーカルを追いかけていたわけだし。

 今はむつ姉ラブだし。

 不思議な奴。


 でも、まっすぐに、好きなものを『好きぃ!』って言える度胸と熱を持ってる荻野のことを、俺は心地よく思っているし、カッコイイと思ってる。

 だからこそ応援したくなる。むつ姉は、あげないけどな。


 そんな風に思いながら閉店準備を進めていると、荻野は不意に呟いた。


「てかさぁ、あの子……ちょっと六美さんに似てなかった?」


「は?」


 思わず、掃除する手が止まる。


「ほら、黒髪だし、目が綺麗で。手もしなやかで。目の形はちょっと切れ長で、六美さんより涼しげな印象だけど。それとなくパーツが似てると思うんだよなぁ。それでいて、なんか芯の強そーな感じもあって。だからかぁ。あたしがこんなに惹かれるの」


 ひとり得心する荻野に、俺は動揺を隠しきれない。


「加賀美さんが、むつ姉に似てるって……そんなわけ……」


「いや、雰囲気だよ。雰囲気。真壁が違うって思うなら、違うんじゃない? でも、あたしはあの子の感じ、好き」


「じゃあ、むつ姉は?」


「もーっと、しゅきぃ♡♡」


 そう言って、自分の身体を抱き締めながらくねくねする。

 とってもとっても、楽しそうに。愛おしそうに。


 ……荻野。

 俺、お前のそういうところ、好きだよ。

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