第17話 デートスタンバイ

「で。連絡先交換して、デートすることになったわけだwwww くそモテ期やべーwwww」


 字面の向こうから、『ぶはは!』と痛快な笑い声が聞こえて来そうな草の生えっぷり。


あの後、結局ホームで連絡先を交換することになった俺たちは、『是非今度、今日のお礼をさせてください』ということで、次の休みの日にデート(仮)へ行くこととなった。


 こんな、毎週末に女子と出かける予定があるなんて前代未聞。

 LINEで助けを求めると、深夜にも関わらず荻野は応答してくれた。


「つかさぁ、ナニソレ面白すぎるんだけど。ヤンキーから庇って惚れられるとか少女漫画かよ。あ、いや。惚れられてんのは前からだっけ? 会いたくて出待ちしてたんだもんね。いずれにせよやべーw」


「……ヤンキーじゃなくて酔っ払い。少女漫画っつーか、ああいう現場に実際に出会したら、助けざるを得なかったんだって。やっぱりさ、知り合い? が絡まれてるのとか放っておけないだろ」


「そういうとこはグッジョブだよなぁ、真壁」


 バイトを始めて以来、シフトが鬼のように被っている荻野と俺は、もはやマブと呼んで差し支えない間柄だ。

 むつ姉がいると(嫉妬的な意味で)若干ピリピリする荻野だが、お互いダウナー気質の似たもの同士なとこも相まって、こうして深夜にLINEで盛り上がるレベルには仲が良い。


 文字を打つのがダルくなったのか、荻野は「つか電話していい?」と言ってきた。

 俺は特に何も考えず、「いいよ」と返事する。


 ウチは一軒家だし、両親の部屋は俺の部屋から離れたところにあるから問題ないだろう。


 しばらくすると、手にしたスマホがペケポンと揺れた。

 ペケペケペケポン♪ と愉快な着信音を鳴らすスマホに応答すると、画面に見慣れないシステム表示が。


 『カメラをオンにしますか?』


(え?)


 俺は驚き、スマホを二度見する。


 『カメラをオンにしますか?』


 思わず固まってしまった。


 カメラ通話が来るとは思わなかったのだ。


(へぇ。カメラ通話って、着信時にこういう表示が出るんだぁ……)


 あんまりしたことないから、知らなかったや。


 俺は下を見て自分の格好を確認する。部屋着がTシャツなのはまぁいいとして。下がパンツだ、どうしよう。


 荻野相手に、今更見てくれをどうこう繕う気はないが、パンツはナイだろ。さすがにな。

 慌ててジャージを履いてから、俺はカメラをオンにした。


 画面が揺れて、ゴソゴソという歪な音と共に、見慣れた銀髪の少女が映り込む。


 黒のノースリーブは、胸元におどろおどろしい髑髏が描いてあり、ゴシックな字体でロックバンドの名前が書いてある。

 いや、荻野のことだから、多分ロックじゃなくてヴィジュアル系なんだろう。


 「お〜い、聞こえる〜?」と覗き込まれると、普段はゴリゴリにピアスがついている右耳も、軟骨部分以外は控えめであることに気づいた。

 どうやら軟骨は常時つけっぱなしにしているようだ。

 それ、本当はちゃんと寝る前に取った方がいいんじゃないの? 寝返り打つとき、どこかに引っ掛かっちゃわない?

 あ、うわ。想像しただけですげー痛そう。


 思わず眉を顰めると、荻野は、若干乾き切っていない艶髪を揺らしてにやっと笑う。


「眼鏡だぁ〜〜! すげー! 分厚い! ガリ勉ぽい!」


「う、うるさいな。家なんだからフツーに眼鏡だよ」


「わ。なんか新鮮!」


「そっちも。ピアス少なくて耳がスカスカだ。変な感じ」


 それに、ノースリーブの胸元がゆるすぎで、若干目のやり場に困る。

 就寝前で部屋にいるんだから、格好がゆるゆるなのはまぁわかる。でも、「ちゃんとブラしてる?」と聞きたいほどに肌色面積が多い。


 荻野の、肋骨の透けそうな胸元。白すぎて、一瞬発光してるのかと思った。


 ちなみにサイズは、ほんのり控えめ。


 まぁ、比較対象である、俺の周りにいる女子(むつ姉と店長、坂巻)が一般的に巨乳と称される大きさだからそう感じるだけかもしれないが。

 口が裂けても言わないでおこう。多分殺される。


 そういえば、キャラメルの君――もとい白咲しらさきさんも、思ったより大きかったなぁ。あれがロリ巨乳ってやつだろうか。

 酔っ払いから逃げる時に抱きつかれて、腕が『はわわっ!?』となった感触を思い出す。


「なぁーににやにやしてんの。オタク丸出しだよ」


 お互い様なにやにや顔で、荻野が問いかける。


「で? キャラメルちゃんとは来週会うんだっけ? つーと一応、準備期間が一週間あるわけだ」


「は? え? 準備期間?」


 問い返すと、荻野はさも当然といった感じにろくろを回す。


「だって、坂巻さんとはタイプが違う感じの女子じゃん。それに超お嬢様学校の子だし、デートの格好も、カジュアルよりはある程度かっちり、いや、スマート系な方がいいんじゃない?」


「いや、だから、ウチにはTシャツとスウェットしか……」


 あと、親父のクローゼットから拝借したジャケット。


 言葉を濁していると、通話画面に何枚かの写真が送られてくる。

 一目でイケてるとわかる、インテリ男子っぽいコーディネートだ。

 思わず「ワッ……!」と、みたいな感嘆の声をあげそうになった。

 純粋に、カッコいいし着てみたい。


 いままでの人生で、服に興味を持つというか、魅力を感じること自体が初めてだ。

 服に興味を示した自分の心にびっくり。でも、なんかカッコいいと思った。


「こんなんどうよ?」


「え。イイ。俺でも着れるかな?」


「見た目だけ見繕うならお高いとこで揃えなくてもいけると思う。真壁は元が良いんだから、もっとオシャレしてあげるべきだよ」


 その言葉に、思考がカチコチと鳴り出し、数秒後、チーン! と音を立てた。


「え? 今なんつった? 元が良い?」


「え? うん。まつ毛長いし、そこそこ整ってる方だと思うけど。だから六美さんも構うんでしょ。六美さんは昔から、『眼鏡取ると可愛い系の男の子が好き』って言ってるし」


「は? え? むつ姉? なんで今むつ姉?」


「知らないの? 六美さん、眼鏡フェチなんだよ」


「…………」


 そ、そうだったんだぁ………


 初めて知った。


 長いこと一緒にいるけど、むつ姉がそんなこと言ってるの、一言も聞いたことない。


「はぁ〜あ。あたしも伊達眼鏡でも買おっかなぁー?」


 悩ましげにぼやく荻野をよそに、俺の思考はどきどきと、渦に飲まれていったのだった。

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