第5話 約束
「到着しましたよ。」
「・・・。」
「うん? 着きましたよ。」
返事が聞こえてこなかったので、北条は声を出しながら後部座席を振り返ってみると少女は眠っていた。
「ひとり暮らしで疲れたんですかね。まあ、そうなりますか・・・。」
その寝顔を見て北条は微笑んだ後、自分の腕時計を見てうなずいていた。
「まだ時間ありますから少し眠らせてあげますか。」
北条が車のエンジンをそっと切ると、しばらく車内には静かな時間が流れていた。
「あっ。」
しばらくして急に少女は目を覚ますと、ボーっとした感じで車内を見回していた。
「おはようございます。」
「えっ・・・、お、おはよう・・・? あっ、私眠っちゃった・・・。」
少女はようやく今の状況を把握したようで、運転席側に身を乗り出していた。
「いいですよ。まだ時間ありますから。」
「そうですか。でもおかげ様ですっきりしました。」
少女は再び背もたれもたれると車の中で伸びをし、その後バッグから手鏡を出して映った自分の顔を見ていた。
「やばい! なんかまだ眠そうな目してる。目が腫れぼったいし・・・。」
「まだ1日だけですけど、ひとり暮らし大変ですか?」
そんな少女の様子を見て北条は聞くと、少女は強がった感じで答えていた。
「全然大丈夫です。パパとママに無理言ってこっちに引っ越してきたんだから。実家からこっちに通うことを思えば全然平気ですよ。」
少女は気合を入れるように自分の顔を数回パンパンと叩いた。
「それでは行きますか。」
北条が声を掛けると少女も車を降りていた。ここはテレビ局の駐車場で少女と北条は仕事の為に訪れていた。
くねくねした廊下を通って、いくつかの部屋のある場所に到着すると、北条はひとつの部屋の前に貼られた紙を確認していた。
「ここですね。」
北条がその部屋に入っていくと、少女も続いた。室内に入り荷物を置くと北条はすぐに部屋を出て行こうとしていた。
「私はスタッフの人たちの所に挨拶と打ち合わせに行ってきますからら、少しここで待っててください。」
「はいわかりました。時間どのくらいありますかね?」
「そうですね・・・。」
北条は腕時計に目をやり確認してから答えた。
「1時間ぐらいは時間ありそうですね。それまでは自由に過ごしていてください。ちょっと到着早すぎたかもしれませんね。申し訳ない。」
北条は軽く頭を下げると、少女は大袈裟に両手を振っていた。
「いいんです。ちょうど勉強したかったんで。」
「勉強?」
「そうなんです。今日言われたんですけど、来週すぐにテストがあるみたいなんです。私、学校毎日は行けてないから・・・。」
「そうなんですか。じゃあしっかり勉強しないと、お父さんとの約束が・・・。」
「北条さんやめてください! 私だって不安なんですからその約束のこと・・・。」
北条の言葉を遮るように少女は食い気味に少し強い言葉を発したのだが、段々と尻すぼみな感じになってしまいながら情けない表情を見せていた。
「ごめんなさい。そうでしたね。じゃ私は行ってきますんで・・・。」
北条はバツが悪そうな感じで、急いで部屋を出て行ってしまった。
「もう・・・。だから勉強するって言ってるんじゃないですか。全く・・・。」
少女はぶつぶつ言いながら横に置いたバッグから教科書を取り出していた。
「じゃ握手会の確認はこのくらいで終わりにしようか。」
「俺はやっぱり、朱莉ちゃんループしたいな。」
「俺は
誠がしめると、周りにいた数人は大きくうなずいて、それぞれがその握手会に参加する推しのアイドルの名前を口にしていた。
(俺はもちろん月渚ちゃん・・・。)
冬弥はそんな声を聞きながら心の中でつぶやいていた。
「そう言えば春野さんは結局誰推しになったんですか? まだ聞いてなかったですよね。」
新入部員の下田正志が冬弥に声を掛けてきた。
「えっ?」
冬弥は先ほども聞かれていたが何故か少し驚いた声を出してしまっていた。
「そうだそうだ。さっきはまだとか言ってたけど、決まった?」
「誰になった?」
さっきまで自分の推しのことを口にしていた者も冬弥の方を向いて話しかけてきていた。
「よせよせ。さっき誰かが言ってたけど冬弥はアイドルに興味ないんだから。こいつは昔っから勉強ばかりしてたからな。でも俺がこのサークル作るのに名前だけ貸してくれってお願いしたから今ここにいるんだけどな。まあ俺が無理やり連れてきてるんだけどな。ははは。」
誠は冬弥とほかの者の間に入ると、冬弥の肩に手をやってポンポンと軽くたたいていた。
「なあ、そうだよね。」
冬弥は誠の言った言葉に少し反応していた。
「ま、まあ。そうかな・・・。でも勉強ばっかとかあんまりいい言葉じゃないよな。誤解されるような言い方はやめろよ。俺だって・・・。」
「俺だって? 何だよ?」
「別に・・・」
冬弥はごまかすように言葉を濁した。
「そうか、ならいいけど。でも本当の話だろ、頭がいいのは。だから少しアイドルのこと勉強すればだれよりも詳しくなれるんじゃねえの。少しはそう言った方面にも頭使ってもいいと俺は思うけど興味ないんじゃしょうがないか。」
「興味ないって・・・、でも俺アイドルって全然わからないしな。今更改めて知ろうとしてもなんか・・・。それに勉強するって何か変な感じだよな。」
冬弥は頭に両手をやって何かはっきりしない態度をとっていたが、そんなことは誠は気にならなかったようで、再び冬弥以外の仲間とアイドルについての話を熱く語り合い始めていた。
(アイドルねえ・・・。月渚ちゃん推しなんて今更言えない・・・。)
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