第16話.始祖

 夜になっても3人が帰って来ないことはいいのだ。元々泊まりの任務だったから寧ろ当たり前で。それよりなにより、討伐完了の連絡もなければ、今現在誰にも連絡がつかないことが問題だった。


「近松さん、落ち着いて。今追加の討伐師を派遣する手筈を整えていますから」

「いえ、僕は落ち着いています。だからこそ僕が現地に向かうと言っているんです」


 そんな暗く淀んだ目をしておいてどこが落ち着いているんだ、と鈴木は眉間を強く押さえた。


「落ち着いているんでしたら、明日からの任務のことも覚えていますよね?」


 その任務は非常に難易度が高く、近松レベルの最上位討伐師でなければ負け戦確定のものである。


「それまでに帰ります。もういいですか。一分一秒が惜しい」


 そうとだけ告げた近松は制止する鈴木の方を振り向きもせず、闇の中を駆けて行った。





 一方こちらは見知らぬ部屋に閉じ込められた3人。命があることに感謝すべきなのだろうが、それは僅かな延命にすぎず、危機が去ったわけではない。それどころか未だに始祖のテリトリーのガッツリど真ん中で命を飼われている状態なのだ。


「きっしょくわりー部屋」

「物理的な攻撃が全く効かないな」


 なので、これほどまでに落ち着き払っている2人が異常で、まだ震えが収まらない私の方が余程正常だろうと史奈は思う。


「やーっと泣き止んだか」

「目が赤くなってる……冷やせる物があればいいんだが」


 咄嗟に史奈の痛々しい瞼に触れようとした新家の手を「おい」と都の声が制止すれば、彼は己の失態に気づき、「ああ、そうだな」とその手を引っ込めた。


「大丈夫。あの……泣いたりしてごめん。討伐師としての自覚が足りてなかった」


 漸く冷静さを取り戻してきた史奈が、不気味なほど真っ白い部屋に唯一置かれている真っ白なベッドの上で頭を下げれば、都が「はっ、」と鼻で笑う。


「お前はいつ一人前の討伐師になったんだよ。外星体ホイホイとしては真っ当に職務を遂行してるだろ」


 嫌味たらしいそれは都なりの励ましなのだろう。


「だが帰ったら特訓はしないとな。せめて一人で逃げられるようになってほしい。毎回これじゃこっちの心臓が……」


 新家はそこまで言うとばつが悪そうに口をつぐんだ。


 初めこそ彼らのことは一回り年下のお子ちゃまたちとして見ていた史奈だが、二ヶ月も共に過ごしていると年の差なんて忘れてしまう。今や頼りになる男友達なのだ。

 それは史奈の見た目や体力が16歳ーー正確な年齢は分からないが、だいたいこれぐらいなのは間違いないーーに戻ったことも大きい。彼らが史奈を同年代の女の子として接してくるのだ。必然的に、史奈は自身の本当の年齢を意識することが少なくなっていた。


「ところで2人はなんでそんな落ち着いてられるの?」


 彼らが今までも死線をくぐり抜けてきたことは間違いないのだろう。が、それでもベッドが一つ置かれているだけの謎空間に閉じ込められて、しかもそこは中からの攻撃が全く効かない。そんな絶望しかない状況で、ここまで落ち着き払っていられる精神状態を史奈は理解できないのだ。


「まぁ陸がいるしな」「近松が助けに来るだろうからな」


 史奈の問いかけに、都と新家は声を揃えもう一人の同級生の名を挙げた。2人の余裕はそっくりそのまま近松陸への信頼の表れなのだ。


 近松は一般家庭出身の討伐師である。それは然程珍しくはないのだが、討伐師はまず結界を視認できるか、精気を知覚できるかという2点で篩にかけられる。これをクリアできない限りは本人がどれだけ討伐師を志してもなることはできない。そしてその2点をクリアできるか否かは圧倒的に遺伝に関係していた。

 だからこそ討伐師業界は古くからそれを生業としている家系が多く、一般家庭出身の者は精気量が少ない傾向も重なり差別対象であったのだ。


 そんな悪しき慣習が蔓延る討伐師業界に彗星の如く現れた者が近松であった。彼は戦闘センスもさることながら、精気の扱いが抜群に上手かった。あっという間に討伐師協会が定める階級を飛び級でステップアップし、今では3人しかいない最上位の階級に位置している。とまぁ、そんな彼だからこそ、都と新家はさして不安には思っていないのだ。


「東堂も落ち着いてきたことだし、この辺りで始祖について話しておこうか」


 新家がそう口にしたまさにその瞬間、彼らが閉じ込められた空間の外では、始祖と近松が対峙していたのだが、もちろん彼らは知る由もない。


「奴らはあの男のことを"始祖様"と呼んでいる」


 始祖とはつまり、始まりの人という意味なのだろうか。それならばあの糸目の男が外星体の親玉なわけだ。そりゃ強いはずだよ、と史奈は始祖に感じた緊張と恐怖を思い出し、ぶるりと体を震わせた。


「正直、俺たちも直接姿を見たのは初めてだ」

「陸は何度か会ってて、そのお陰で外見の特徴は把握してた」


 まぁ把握してなくても対峙すりゃ、アイツが始祖だってことは嫌でも分かるわ、と都は苛立ちをぶつけるように乱雑に髪を掻き乱した。


「始祖はどこかにフラリと現れるだけで、食人をしているかさえ不明だ」

「アレは確実にしてんだろ」


 都は「特別に美味しい」と言いながら史奈の脇腹に触れた始祖を思い出し、忌々しく舌打ちをする。


「とりあえず、まだ何にも分かっちゃいねーんだよ」

「外星体の始まりとされる人物ってこと以外な」


 きっとここまで始祖と関わった討伐師は近松を除けば他にいないだろう。都と新家は「なんとかして逃げないとだね」と部屋をぐるりと見回す史奈を見やり、どうするかなぁと頭を抱えた。


 始祖が史奈のことを気に入ったのは誰がどこからどう見ても明らかであった。今回逃げられたとしても、また接触を図ってくるだろう。その時の為に己が強くならなければいけないことは当然として、問題は史奈なのだ。

 史奈はあまりにも弱い。鍛練は積み重ねているのに、全くと言っていいほど成果として表れない。結界は視認できるくせに張れないし、精気は知覚できるくせに練れない。


 結界を何重にも張り巡らせた場所に閉じ込めることが一番安全ではないのかという思考に、図らずとも2人は同時に至った。

 いやいや、何を考えてるんだ。こいつは腐っても討伐師。だからこそ高校に通い、生活できているんだ。それにいくら特別な能力があるとはいえ、そこまで厳重に守らなければいけない存在ではない。

 今まで死んでいった数多の討伐師と何も変わらない。討伐師協会にとっちゃ少し珍しいだけの駒なのだ。


 都と新家は再び出入り口を探そうとしている史奈の背中を見つめ、「そんなことはお前が泣いてる間にやってるよ」と溜息を吐いた。




 






 



 

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