第13話.黒点

 21時だ。さすがにタクシー拾った方がいいんじゃん?と言った史奈へ、都はばつが悪そうに「俺が歩きたいんだよ」と唇を尖らせた。そんな幼い表情と不貞腐れた物言いが可愛いと思ってしまうなんて、私もいよいよコイツに毒されてきたなと、史奈は思う。


「ねぇねぇ、こんだけ暗いと……その、アレ出てきそうじゃない?」

「……アレ?……ああ、外星体か。けど匂わねーんだろ?」


 都は史奈が気遣って明言しなかったその単語を、堂々と口にした。近松があれだけ慌てた単語をそんな風に言っていいの?と突っ込みそうになったが、今は夜で、ここは人通りの少ない道だ。夕方のカフェとは訳が違うのだろう。


「まぁ、そうだけど……近づかなきゃ分かんないし」

「あー、……まぁ、けど、出てきても俺がいるから大丈夫だろ」


 とは随分な自信だと思うが、それもそのはず。近松、都、新家の3人は討伐師界でも特別視されているほどの強さなのだ。お世辞でもなく、討伐師の未来はこの3人にかかっていると言われている。だからこそ都の家族が彼に多大な期待を寄せていることも、当然と言えば当然なのである。かと言って誰かを蔑んだり傷つけていい理由にはならないが。


 


 歩いて10分ほど経った頃、これから先の距離を考えて「やっぱタクシー乗ろうよ」と言った史奈に「お前、マジでひ弱。体力つけろよ」と都が言い返したその時、一人の男が向こう側から歩いて来るのが見えた。ここは幅の広くない道で、このまま行けば邪魔になりそうだと、史奈が都の背後に移動しようとする。その刹那。


「あ、」


 たったそれだけ。史奈がそう一声発するだけで都は瞬時に臨戦態勢に入った。


「外星体か」


 史奈に確認を取りながら、都は確信していた。まだ変体もしていない、見た目は40代辺りの地球人。しかし挙動がおかしい。誘われるようにフラフラと史奈だけを見つめ、彼女を目指している。史奈の隣で殺気立っている都のことなど、まるで眼中にないのだ。


「臭いが……すごいっ、」


 史奈は耐えられない臭気に鼻をつまんだ。


「結界を張る。お前は俺から離れるなよ」


 そう言った都は宣言通りに結界を張り、自身の背後に史奈を隠した。


「エ、さ……ほしイ、ホシぃ、」

「……お前、マジで外星体ホイホイなんだな」


 こんなに意思疎通ができない外星体は初めてだと、都は呟いた。続け様に「どんなフェロモン出してんだよ」と苦々しく笑う。それは史奈が知りたいぐらいだ。


 史奈が瞬きをしたその一瞬、外星体は空高く飛び跳ねた。地球人の跳躍力ではない。190近くある都の頭上を飛び越えようとしているのだ。そんな外星体を目の当たりにしても都は至って冷静に、銃口の照準をそれに合わせた。

 通常は二丁で戦う都だが、今日に限っては彼の片腕は史奈を庇うように動いている。それが彼の足を引っ張っている証明そのもので、史奈は心苦しくなった。どれだけ特別な力があろうとも仲間を危険に晒す存在は、即ち役立たずだ。せめて自分に結界を張れるぐらいにならなくてはいけない。


「お前、今余計なこと考えてるだろ?」

「え、」


 都の銃弾が外星体を掠める。今回の外星体は散々地球人を食べてきたのだろう。身体能力の高さと力の強さがそれを証明している。地球人を食することにより増大するその力は、性欲発散以外の副産物なのだ。

 そんな死線すれすれーーだと史奈は感じているーーの戦いの最中でも都は余裕綽々といった様子で、史奈の心中を言い当てた。


「俺が好きでやってんだから、お前は能天気に守られてりゃいーんだよ」


 都のその言葉は最後に発した銃声により途切れ途切れに史奈の耳に届いた。「なんて?」と聞き返せば「うっせー」と暴言を吐きながら史奈の頭を小突く。それからすぐに滅した外星体の処理を頼むため、都は本部に電話をかけた。




 その後結局タクシーで寮まで帰ったヘトヘトの2人は、喉が渇いたと食堂にやってきた。このなにもない食堂にも浄水器は設置してあるのだ。

 他の2人は自室に戻っているし、2年の先輩もそうなのだろう。まるで世界に都と2人きりみたいだと、史奈は息遣いさえ聞こえるこの静かで薄暗い空間でそう思った。


「電気つけた方がいいね」


 カーテンを閉め忘れているせいで月明かりが差し込んでいる。それが薄ぼんやりと都を浮かび上がらせ、彼のクリーム色の髪が分かるほどに辺りは見えているのだ。だけどなんとなく、直感的に部屋を明るくしなければと、そう感じた。


「いや、水飲んだら風呂行くし、つけなくていい」


 それなのに都はその提案を退け、たった今思い出したかのように「あ、」と口を開いた。


「お前、この前の……渚との泊まりの任務でアイツとなんかあった?」

「??え、なにかってなに?」


 史奈は心当たりがなさすぎて眉間に皺を寄せ考え込んだ。討伐は滞りなく終えたし、気づいたら朝だっ、た……。あ、もしかして同じ部屋に泊まったということだろうか。それを"何かあった"とするならばそうだが、こんな改まって話すほどのことじゃ、とも思う。もしかして私が気づいていないだけで、とんでもないことをやらかしてしまったのでは?!と、史奈が百面相をし始めると、都はくしゃりと髪をかき上げた。

 

「……いや、まぁいいや。忘れて。じゃーな、お前もさっさと寝ろよ」


 そうしてまだ腑に落ちていない史奈をそこに一人残し、都は食堂を後にした。

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