第11話.任務

 よくよく考えて、私の存在って生贄みたいなもん?、ということに気づいた史奈は、初任務が終わってもぶう垂れていた。同行する人が近松ではなく新家だったことも多少は関係があるかもしれない。そりゃあ都よりは新家の方が、比べることも烏滸がましいほどありがたいけれどと、史奈は新家の顔を見上げた。


「初任務お疲れ。今日は東堂に助けられた」


 しかしそんな風に真正面から感謝されると悪い気はしない……どころか、「これから戦力になれるように頑張るね!」と期待に応えようとしてしまう。

 その決意を存分に伝えたいのか、新家の顔を見つめながら頷く史奈を見て、彼はふっと柔らかく微笑んだ。それは見たことのない表情。感情を表に出すことが少ない新家の笑顔に目を奪われた史奈は、それを誤魔化そうと討伐の内容へと話を戻す。


「それにしても新家くんすっごい強いんだね、ビックリしちゃった」


 先ほど新家は「東堂に助けられた」と言ったが、その実史奈がしたことと言えば"探索中に外星体の臭いを嗅ぎとっただけ"なのだ。

 新家にすればそれのお陰で一般人を襲う前の外星体を滅すことができたので、つまりは「東堂に助けられた」ことになるのだが。結局外星体を見つけた後の史奈は、彼女用に張られた結界の中で戦闘を見守っていただけなので、史奈に言われせば"私は何もしていない"になってしまう。


「そうか?……ありがとな。けど、俺なんて全然で、近松の方がずっと強いから」


 新家の言葉は俄には信じられなかった。この線の細い体のどこにそんな力があるのかと目を疑ってしまうほど、新家はその拳一つで外星体を討ったのだ。

 だけどふと寂しげに伏せられた目元にできた影が、初めて告げられた新家の弱音のようで、史奈は思わず彼の拳を手の中に握り込んだ。

 本当にこんな華奢な手があれだけ激しい戦闘をしていたんだと、史奈の手と然程変わらない大きさの新家のそれを親指の腹ですりりと撫でる。


「なんだ?怪我なんてしてないぞ」

「ふふ、わかってるよ。そうじゃなくて、頑張ったねってヨシヨシしてるの」

「?……そうか」


 新家は不思議そうに目を丸くした。イマイチというか、全く史奈の行動が理解できないのだろう。それなのにその行為を拒否するでもなく、照れるでもなく、ただ受け入れてくれている新家のことを漸く近くに感じた史奈は、新家に傷ついてほしくないと、そう思った。




 のに、これはさすがに近づきすぎだからと史奈はビジネスホテルで悶々としていた。


 討伐師は地方出張も行う。人手不足故にそれは高校生だからという理由で免除されるわけもなく、実のところ新家と史奈も今回地方出張に来ていた。そして地方出張は距離や討伐時間にもよるのだが、泊まりがけで行うことがままあった。

 その際の宿の手配は高校の事務職員が行ってくれるのだが、どうやらいつもの調子で部屋を確保したらしい。本来はシングル2部屋でなければいけなかった。それなのにツイン1部屋で予約されていることを受付で告げられた史奈は狼狽えた。


「シングル2部屋に変更できませんか?」


 とお願いしてみたが、「生憎本日は満室でして……」だなんて地方にあるまじき返答がなされたときには「わっかりました〜」と言いながらも、内心はかなり混乱していた。

 いや、別に新家を意識しているわけではないし、新家が襲ってくる心配もしていない。ので、純潔を守らなきゃ!と躍起になっているわけでもない。

 ただやっぱりなんか……クラスメイトの男の子と同じ部屋に一泊って……それなんてエロ漫画〜?!みたいなシチュエーションじゃんと、史奈は一人ドギマギしているだけなのだ。


「シャワーどうする?先に入るか?」

「や、新家くんが先に入りなよ」

「そうか?ならそうする」


 しかしいつもと少しも変わらない新家を見れば史奈は一瞬で冷静さを取り戻した。なに一人で浮かれてるんだ。最近ーーそれは元の世界からも含めてーー色恋沙汰から遠ざかっていたからといって、これはさすがにはしゃぎすぎだろうと、己を嗜める。とりあえずベッドに横になるかと暇を持て余して寝転べば任務での疲労も手伝って、史奈はあっという間に夢の中へと旅立ってしまった。


「東堂お待たせ。上がったぞ」

「…………」

「おい?って、寝てるのか」


 新家が反応のない史奈の顔を覗けば、彼女はくぅくぅと気持ち良さそうに寝息を立てている。余程疲れていたのだろう。やっぱり先にシャワーを浴びてもらうべきだったなと、新家は頭を掻いた。

 このまま寝かせておいてやりたいが、制服は皺になりそうだし、それを着たままでは夢見が悪そうだと、新家は心を鬼にして史奈の体を揺さぶった。


「東堂、おい、起きろ。シャワー空いたぞ」


 ユサユサと無遠慮に揺らされ、その振動を不快に感じた史奈の眉間に皺がよる。僅かに覚醒した意識が史奈の口を「しんけ、」と動かした。


「……っ、!……?いってぇ、え?なんだこれ」


 その紅くまろい唇が自身の名の形に動いたところを見た瞬間、新家の胸にツキンとした鋭い痛みが走った。咄嗟に胸を押さえ、病気か?!、と思ったが、その痛みはすぐに消え去ってしまう。

 なんなんだろう。全身を駆け巡るこの甘い疼きは、一体俺の体で何が起こっているんだ?と、新家は史奈を起こすことを諦めてベッドに体を寝かせた。しかしその正体を考えども考えども一向に答えには辿り着かない。明日に近松か都にでも相談してみるかと、新家は切長の大きな目をゆっくりと閉じた。

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