第81話 少女の考え(後編)

「ハレーに閉じ込められる? いったいどうしてそうなるんだ!?」


 ワクは狼狽しつつそう叫んだ。

 それに同調するかのようにアイラも困惑気味だ。


「精神が閉じ込められる……? どういう意味?」


 戸惑っている二人を見てもヒナタの表情は変わらない。


「そのままの意味さ……さっきリラちゃんが言っていただろう?

 この魔道具は片方が空っぽだと交換じゃなく、移動することができるって」

「それは魔力の話だろう?」

「いや、精神もさ。特に新月の場合はね」

「ハッ……ギバさんとリラ様が初めて入れ替わったのも新月」


 アイラが思い出したかのようにそう言うと、ヒナタは


「そうだよ。そして今夜も新月さ」


と頷いた。


「ハレーは脅威だけど、言ってしまえばただの魔道具。そこに魂なんて入っていない。つまりだ」


 その言葉にワクとアイラは大きく目を見開いた。

 ヒナタが言いたいことを理解したらしい。


「つまり『交換の魔道具』を使うと魔力はリラ様の身体へ。精神はハレーに移ってしまうってことね」

「その通り。まぁまだ仮説の段階だ。けれど時間がないから検証もできない。

 閉じ込められてしまうだけなら、もしかしたら、助け出せるかもしれないけど、もし違うなら……。

 ねぇリラちゃん……ぶっつけ本番でやるには危険すぎるよ」


 ヒナタは諭すようにそう言いリラを見た。


「…………」


 リラは思いを巡らせるように下を向き、目を閉じる。

 この提案を思いついた時、ヒナタの懸念はすぐに過った。

 魔力だけではなく精神も交換する魔道具なんだ。

 空っぽであるなら同じことが起きるはずだ。

 ハレーに意思なんてない。

 きっと自分の精神はハレーの中に移ってしまう。閉じ込められてしまう。


 そこから出る手段はないわけではない。

 もう一度、ハレーとリラの間で『交換の魔道具』を作動すればいいのだ。

 けれど、うまくいくかどうかはわからない。

 そもそも無機物に精神を宿せるのかさえも不明だ。

 閉じ込められてしまうならば、そこから救い出せばいい。

 けど無機物には精神の宿り木がないならば――リラの魂は霧散してしまい、戻す手立てはない。

 身体は生きたまま、魂の死を迎えてしまう。


 同じところまでヒナタはおそらく考えたはずだ。

 だからこそ反対なんだ。

 不確定要素が大きすぎる。助けるべき民間人に死ぬかもしれないリスクを背負わせるのだから。

 当然、ヒナタの考えを聞いたアイラとワクも同じ気持ちだろう。

 心配そうに眉を下げ、リラを見ていた。


 けれど。


「それでも」


 リラは笑みを浮かべて三人を見た。


「それでもわたしはギバ様を助けたい」

「……リラちゃん。それは僕らも同じだ! ギバ団長を助けたい。

 だけどそのせいでリラちゃんが犠牲になっていいわけがないだろう!?」


 意外にも感情を顕にして怒るヒナタ。

 以前見たような不敵な笑みで冗談めいて言うのではなく、本当にリラを心配して真剣に叫んでいた。


「私もヒナタに賛成です。ギバ様を助けたいというお気持ちは痛いほどわかります。

 でも……やはり危険すぎます」

「あぁ、そうだ。それにお前さんが犠牲になってんじゃ仮にギバさんが助かってもあいつは喜ばねぇだろ?」


 アイラとワクもヒナタの意見に賛成する。

 大人三人がこうまでも自分のことを心配してくれる。


 自分は恵まれている。

 出会った人達が皆、自分自身を見てくれていたのだから。

 父も、そして母も含めて。


 それを教えてくれたのは――。

 リラの頭にはあの眉間の皺が思い浮かんだ。


「感謝しているんです」


 リラの瞳には涙が浮かび上がってきた。


「謝らなければいけないんです」


 ギバには散々迷惑をかけてきた。

 自分と入れ替わってしまったこと。

 ギバが囚われる前ひどいことを言ったこと。

 自分が原因で今回の惨状を引き起こさせてしまったこと。


「それに文句も言いたいんです」


 人の都合などお構いなしに、自分の責任だと全てを背負う男。

 勝手に助けて、勝手に謝ってきて、勝手に説教してきた。

 そんな彼に死んでしまっては文句の一つも言えない。


 リラは三人に向かって頭を下げる。

 その小さな頭にアイラ達は動揺する。


「今、考えられる方法はこれだけなんです。危険なのは承知の上です。

 お願いします。やらせてください。

 ギバ様は生きてもらわなきゃダメなんです。

 だから……どうか!」


 三人は困ったように顔を見合わせる。

 小さな女の子にこう頼まれても、簡単には頷けない。

 けれど、現状、最適な方法がこれだけなのもまた事実。


「……でも……」


 そして有識者が同意しない限り、実行はできない。


「ハレーに永遠に閉じ込められるかもしれないんだよ?」

「はい」

「死ぬかもしれないんだよ?

「はい」

「その覚悟はあるの?」

「ありません」

「………………え?」


 意外な言葉にヒナタはもちろんアイラとワクも困惑した。

 リラは頭を上げる。


「死ぬ覚悟なんてありません。閉じ込められるなんて御免です。

 それではギバ様の後悔が増えるだけではありませんか」

「け、けれど!」

「ヒナタ様」

「!!」

「なんとかしてください」


 リラはヒナタを真っ直ぐ見た。

 あまりにも無責任で無茶振り。

 リラの発言にパチクリと目を瞬かせる。


「わたしはヒナタ様を信じます」


 そう言って笑みを浮かべた。


「…………」


 ヒナタは頭を抱えて、「ん~」と唸る。

 小躍りするように地団駄を踏み、困ったように顔を顰めていた。

 だが。


「あぁ! わかったよ!」


 悩んだ末に、天に向かって叫んだ。


「これでも騎士団技術班の班長だ! この名に懸けてでも絶対にリラちゃんを助ける!」

「ありがとうございます」


 リラは再度頭を下げた。


「……リラちゃんは最低だよ。そんな言われたらやるしかないよ。まったく……」

「決まりだな」

「そのようですね」


 ヒナタが困ったように文句を呟いているところをワクとアイラは笑みを浮かべた。

 そしてヒナタはいつも通りの飄々とした笑みを浮かべてリラを見た。


「ならリラちゃん。リラちゃんの作戦に捕捉がある」

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